投稿者「M H」のアーカイブ
203・301会場
第二回応化給付奨学金受給者の集い
令和元年8月31日(土)午後、第二回応化給付奨学金受給者の集いを開催しました。昨年11月に第一回を開催し、今年は応用化学科給付の奨学金を受け博士号を授与されて、社会の様々な方面で奮闘されている28名の面々が集まり、6名の現奨学金受給者と16名のホストら合わせ50名が、4時間弱の時間を母校西早稲田キャンパスで共にし、個々に交流を深められました。
今年も、河村 宏氏(元会長)、平林 浩介氏(元副会長)、下井 將惟氏(元副会長)ら有志が西出宏之会長と核になり、より多くの面々が気軽に集まり、交流の輪を広げられる為にどうしたら良いかと考えました。
新たに、奨学金受給者内幹事役3名の方々(新51 田原聖一氏、新53 百武 壮氏、新57 國本雅宏氏)の協力を得て、声掛けに一役買って頂きました。
また、受給者の対象範囲を3学年広げ、新たに水野賞受賞者も加えた新51回生~新60回生(2001年~2010年学部卒相当)の博士修了者に声を掛けさせて頂きました。その成果もあり、より多くの方々が実りある時間を過ごされたことと確信しており、来年も参集された皆さんの同世代に加えて世代を超えた縦のネットワーク構築にもなればと考えている次第です。
当日は、遠方からの参加者も含め28名のかつての受給者が参集され、平林浩介氏(新10)の司会で、西出宏之会長(新20)の挨拶でスタートしました。
西出会長からは、本集いのホームカミングデーとして開催してはという構想からのスタートの背景、早稲田応用化学会が1923年5月に教員、卒業生、学生の連携した組織をめざして創設されたこと、当時は研究成果の発表の場が限られ、早稲田応用化学会誌がその役割を担ったこと、そして茨城大学で非常勤講師を務めた折に旧帝大博士と他大学とでは待遇の差があることに驚愕したことを例示され、国立大学と私学の早稲田に、当時差が歴然として残っていたが、苦難を経て今日に至ったことを紹介されました。
また、早稲田応用化学会の会則第3条に、会の目的は 会員の学術を向上させることと明記されており、博士号を持っている皆さんは自負を持って模範的会員になって頂きたいとメッセージを贈られました。
早稲田応用化学会は 2023年に100周年を迎える。節目として、奨学金を受けてサポートされてきたことを思い出し、同窓会(応化会)が頑張っていることを認識して、これから時代が変わる中で 皆さんの仲間が宝であり、そのチームワークを作る、ネットワークを作る力として頂きたいという発起人の諸先輩方の想いを代表して挨拶されました。
続いて、応用化学科主任教授 門間聰之氏から挨拶を頂きました。門間先生からは、博士の学位を持っていることは、博士号取得の過程で課題を見つけ、解決の為の仮設を立て、立証する能力、その得られた知見を世の中に伝えていく能力を持っている証であること。そして、博士になった頃は一年一年伸びしろが有ったと思うが、あの頃を思い出しましょうと呼掛けられました。
4年前に井戸の掘り方を勉強されたが、その時に学んだことである「飲水思源」を引き合いに出され、水を飲んだ時に、水の源、井戸を掘った人を思い出しなさいという意味、日本ではいい事が有ったら元になったことを思い出しなさいと言われる。中国では、蒋介石と毛沢東が争っている際に、毛陣営が村に井戸を掘り、その後逃げていく時に井戸を掘った事を忘れるな、逃がさないと言いおいていったという怖い話もあることを紹介されました。
博士の大元は何だったのか。物事を考えられようになりたいというモチベーション、指導教員の助け、家族のサポート、そして奨学金があって今の自分が有るということを思い出してもらいたい。 AIを使いこなして ドンドン日本を引っ張って行って下さいと締めくくられました。
続いて、奨学金受給者28名がスライドを使い各人各様の自己紹介をされました。 最近の研究内容であったり、会社のことだったり、中には、自らの夢を取り交えたりと、分野、会社が多岐に亘ることから、皆さん 興味深く聞かれていました。
<文末写真集ご参照>
懇親の部は、場所を56号館B1理工カフェテリアに移し、下井將惟氏(新13)の司会で始まりました。
河村宏氏(新09)の乾杯の挨拶では、乾杯をされた上で、皆さんを鼓舞するメッセージを頂きました。
本会は西出先生のアイデアであり、自分達は、横のネットワークは持てているが縦の関係を作った方が良いという考えで、早稲田応用化学会で縦の関係作りを模索したが、思うように出来ず、博士課程の卒業生は 応用化学は数において圧倒的な集団であり、その中の皆さんは若手の核であり、今後数十年にわたり、学生と先生、OBからなる応用化学会に縁を持って、縦のラインを広げていってもらいたいというメッセージを託されました。
加えて、学生と先生、OBからなる応用化学会は会費で賄われているので、過去に遡る必要はないので、今日を起点にして会費を納めていってほしいことを訴えられました。
これを機会にして、ネットワークは自分で広めていってほしい、そして この会は是非続けていって欲しい。学校はふるさとであり、ふるさとは一生の宝であり、大事にしていって欲しいと締められました。
河村宏元会長の乾杯の挨拶の後を受け、懇親会の場で、まさに縦横の交流がスタートしました。
今回は、現奨学金受給者の6名にも、将来のネットワーク作りへの布石になるようにとの思いも込めて、お手伝い頂きましたが、その皆さんの紹介を致しました。
その後、今回 奨学金受給者の中で声掛けをお願いした幹事のお三方(新51 田原聖一氏、新53 百武壮氏、新57國本雅宏氏)のご紹介をした上で、来年も幹事としてお願いすることとなりました。よろしくお願いします。
今回ご参加頂きました奨学金受給者の皆さん、先生方、そしてホスト役の皆さん 総勢50名の集合写真(前掲)を撮影した後、奨学生推薦委員会委員の大林秀仁氏(新17)からご自身が博士号を頂いた後、恩返しとして応化会奨学金への寄付をしてきている背景にも触れられた中締めの挨拶を頂き、奨学金受給者である澤村健一氏(新53)とお二人による三本絞めで第二回奨学金受給者の集いの幕を閉じることとなりました。
次回は、令和2年8月29日(土)に開催の予定です。 更にネットワークの輪が広がることを期待しております。
<28名の応化給付奨学金受給者の自己紹介スピーチ時の写真>
(文責 事務局 高橋 宏)
201・202会場
302・303会場
応用化学会による学生企画フォーラム2019
- 仲田篤史さん:
「日用品メーカーの製品開発と大学で学んだ考え方・行動の仕方との繋がり」 - 西山美香子さん:
「合成からパッケージ開発まで ~12年目を迎えたワークライフバランス~」
学生委員会によるフォーラムの報告は ⇒ こちら
第22回 先生への突撃インタビュー(小堀 深 専任講師)
「先生への突撃インタビュー」に小堀深専任講師にご登場願うことにしました。今回のインタビューも学生、現役OG、シニアOBの組み合わせインタビュアーで行いました。応化会の本来の姿である先生・学生・OBOGの3者によるインタビュー記事の作成を目指しました。小堀先生にも快諾を頂き、丁寧にご用意を頂きましたことをこの場をお借りしてお礼を申し上げます。
小堀先生のプロフィール:
1996年 早稲田大学 理工学部応用化学科卒
2000年 早稲田大学 理工学研究科応用化学博士後期課程修了
2000年 早稲田大学 理工学部助手
2001年 早稲田大学 理工学部専任講師
・ 先生が研究に本格的に取り組み始めたキッカケはなんですか?
― キッカケというより自然の流れで、知の面白さと、その知を使って役に立つ成果が得られる積み重ねでしょうか ―
中学は野球部、高校は吹奏楽部と学校生活を楽しんでいましたが、勉学では高校生の頃は、数学と物理が好きで得意でした。化学は最も嫌いで苦手でした。社会の歴史で年代をひたすら覚えたように、化学の反応も記憶問題だとしか見てなかったからです。ただ、ひねくれ者の私は、あえて応用化学科に進学しました。理学系の化学科ではなく、工学系の応用化学科という存在に惹かれたからです。それは、道具として化学を使うという、高校生の自分になかった概念があったからです。
大学では化学工学という分野に出会うことができました。化学工学は数学+物理+化学で表せるような分野で、私にはピッタリの学問だと思えました。研究室配属ではもちろん化学工学の研究室を選びました。中でも人体を化学工学の眼鏡で見るという、とてもユニークな研究を進めていらっしゃった酒井清孝先生の研究室に入れていただきました。酒井先生は見た目も中身もジェントルマンで、大学教授のイメージ通りの先生で、今でも目標とする先生です。
その後、縁があって東京女子医大との共同研究として岡野光夫教授の元で研究を進めることになりました。テーマは、温度応答性高分子を用いたドラッグキャリアーの開発です。直径100 nmほどの微粒子を作製するのですが、その粒径分布を静的光散乱法、形状の観察を原子間力顕微鏡を用いて行いました。光散乱装置は朝から深夜まで、毎日ずっと格闘していたのを覚えています。温度に応答したドラッグキャリアーの形態変化を原子間力顕微鏡でとらえることに成功し、学位をとることができました。このときの岡野先生と酒井先生からのご指導、叱咤激励で、これからも研究を続けて行こうと自然に思うようになりました。
・ 技術的内容で先生がポイントと考えておられる点はなんですか?
― 物質(特に生体高分子)の持っている可能性を限りなく引き出すという工学的手法がポイント ―
現在、平沢泉教授のご指導のもとで結晶化の研究を進めています。厳密には化学工学における単位操作としての晶析工学ですが、広い意味での自己組織化を利用した低コスト高品質の分離・精製手法です。この結晶化は核形成と結晶成長という2つの段階があります。それぞれ速度を制御することが重要な研究目的の一つとなります。現在私はアミノ酸やタンパク質などの生体高分子の結晶化に関する研究を進めております。ここでは、限外濾過膜による分離技術を応用した結晶化制御や、層状物質による不均一核化制御、また生体内での結晶化ともいえる尿路結石や痛風などの病気に対しても、晶析工学の視点で予防・治療法の提案を目指しています。いずれにしても均一核化ではその制御が困難であるため、様々な結晶核を作る「場」の提供を行うことで、その制御を試みています。すべてにおいて、たまたまそのときできた、ではなく、再現性ある結果の創出が重要であると考えています。
・ 先生の研究理念を教えてください。
― 実験科学の基本に忠実に、特に仮説や予想を大切に ―
軸足である「化学工学的手法を駆使する」というのを忘れないことです。目の前で起こる一見ランダムな現象も、丁寧に解析することでその傾向を把握することが可能です。化学的な知識を前提として、物理的な視点で現象を捉え、数学的な処理により定量化する。この一連の流れを重視しています。実験指導する上では、必ず結果を予想して計画をたてるように言います。予想通りの結果になれば、使った知識と手法が正しかったことの証明になり、さらに深い議論が可能です。一方、予想と反する実験結果になれば、結果をうまく説明できる新たな機構を考え、その考察をもとにさらに実験を計画し進めます。どちらの結果になってもポジティブな思考で進めることができます。
・ これからの研究の展望を聞かせてください。
― バイオ医薬品などの汎用化・低コスト化に資する研究を深めたいですね ―
現在、生体高分子の結晶化、特にアミノ酸とタンパク質の結晶化に重点をおき研究を進めています。これらは医薬品としても重要視されており、バイオ医薬品は世界の医薬品売上高の上位10品目中7品目を占めるほどになっています。近年有名になった抗がん剤「オプジーボ」もバイオ医薬品の一つです。このオプジーボは2014年に発売された際、薬価が100 mg約73万円と超高額なことでも世間を賑わせました。標準的な使用法で1人年間約3500万円かかる計算になります。現在では薬価引き下げが数度行われましたが、それでも100 mgで約17万円です。このようにバイオ医薬が高額となる原因は、あまり語られませんが製造工程にも理由があります。プロセスは細胞培養などのアップストリームと分離・精製などのダウンストリームに大別されます。この分離・精製プロセスが全製造コストの3分の2を占めるといわれており、事実上のコストボトルネックとなっています。現在はカラムをつかったクロマトグラフィーで分離・精製を行っていますが、ここに晶析操作を応用できれば、コストを激減させることが可能です。晶析操作であればスケールアップも比較的容易であり、化学工学の力が発揮できます。
・ 応用化学会の活動への期待を聞かせてください。
― 三者構成の特色を更に発展させたいですね ―
やはり単なるOB会ではないという独自性が素晴らしいと思います。特に、最近では学生主体の企画による講演会が開催されていたりして大きく変わりつつあると感じています。今後に向けても、OBと学生と教員の三者で構成されている利点を生かし、OBから学生へのアドバイス、学生から教員への大学運営への助力、教員からOBへのリカレント教育など三者がお互い助け合うことを期待します。
・ 100周年を迎えた応用化学科についてコメントを聞かせてください。
― たゆまぬ努力の結果が100年を可能にしています ―
100年以上名前を変えずに発展している学科は大変貴重ではないでしょうか。それだけ応用化学という学問が世の中に役立ち続け、必要とされている証だとも言えます。これもひとえにOBの方達の活躍と学生の努力によるものと思います。今後も応化会と一体となって伝統を継続できるものと信じています。
・ 21世紀を担う皆さんへのメッセージをお願いします。
― 自らが楽しめる分野や生き方をつかみ取って欲しいですね ―
世の中変えていかなければいけないことと、変えてはいけないものがあります。放っておくと勝手に変わってしまうものもあれば、何もしなければ何も変わらないものもあります。その瞬間の価値判断も大事ですが、長い歴史の中での長期的視点も大事です。他人の意見に耳を傾けながら、なるべく心安らかに生きてほしいと思います。競争を勝ち抜くのではなく、自らの力を蓄えつつ競争を楽しめれば最高ではないでしょうか。
インタビュアー&文責: 疋野拓也(B4)、真野陽子(新47)、井上健(新19)
過去の突撃インタビュー
早稲田応用化学会 交流委員会主催 第34回交流会講演会
講演者 :山本康雄氏 タカハタプレシジョン株式会社 代表取締役社長(CEO)
演題 :『未来を見据えビジョンを持って挑む』
副題 :「必ずしも答えがあるとは限らない世界へ向けて」
講演期日:2019年11月16日(土)
講演会場:西早稲田キャンパス 52号館302教室
講演時間:16:30~17:45
懇親会 :18:00~19:15(56号館 地下1階 理工カフェテリア)
- 1988年03月 理工学部 応用化学科 卒業(新制38回、長谷川研究室)
- 1988年04月 三井物産株式会社 入社
- 2001年12月 三井物産株式会社 退社
- 2002年01月 高畑精工株式会社 入社
- 2003年06月 高畑精工株式会社 社長就任
- 2010年 社名を「高畑精工株式会社」から「タカハタプレシジョン株式会社」に変更
講演の概要
講演に先立ち、椎名交流委員長の開会宣言、西出会長の講師紹介、椎名交流委員長の講師略歴紹介を受けて山本社長が登壇し、講演の機会を与えて下さった西出会長への謝辞が述べられた後、講演が始まりました。
*参加者;教員・OB/OG・講演会関係者44名、学生36名、合計80名
<始めに>
*講演を引き受けた経緯について
山梨県にはタカハタプレシジョンの工場がありますが、同じ県内にある山梨大学の宮武先生と知り合う機会が有りました。そして、宮武先生が研究していることを物にする過程で困っていることがあるとお聞きし、それでは一緒にそれをやりましょうということになりました。そのため宮武先生の恩師である西出先生のところへお邪魔したり、本間先生とのお付き合いも始まりました。そのような折、今回の講演の依頼を受けました。
*講演の演題設定の経緯について
私から講演内容を一方的に決めるのではなく、学生委員と十分にコミュニケーションを取った上で決めました。
*長谷川先生のご逝去(2019年9月)に関して
恩師の長谷川先生の訃報に接し思い出したのですが、当時実験に失敗してドラフトを破損した際、激高された先生から叱責を受けた後「出世して返せ」と言われたことがありました。今日は少しその恩返しが出来ればと思っています。
講演の前半は私がこれまで行ってきたことや会社の紹介をします。
講演の後半はこれから巣立っていく学生の皆さんに少しでも役に立てれば、と思っていることをお話しします。
<講演の前半>
*1988年に入社した三井物産での経験
同期入社130名のうち30名が理科系で、そのうち6名がそれぞれ学科の異なる早大理工学部出身でした。
入社して3年間の大阪勤務の後、海外研修のためドイツのミュンヘン大学に聴講生として2年間留学しました。そこで学んだのは日本人のメンタリティのデメリットです。授業形態は世界各国の学生が参加しているグループディスカッションで、この中で発言しないと完全に孤立してしまいます。外に出るといかに自分の意見を述べる力、自分の存在感を出すことが大事であるかが分かりました。
それからドイツの事務所に勤務した後本社に戻り、機能化学品を扱う部門に配属されました。シリコンバレー、台湾、上海、シンガポールを往復し、半導体材料、液晶材料関連のビジネス化にチャレンジせよとの指示を受け、これらの活動を通してベンチャー企業のメンバー個人個人の大きなエネルギーを感じ取ることが出来ました。
この部署では半導体・液晶関連以外にエンジニアリングプラスティックも扱っており、この時お付き合いのあった会社の1つが高畑精工でした。そして縁あって三井物産から高畑精工に移りました。人生の大決断でした。今から思えばこの大決断を後押ししたのはチャレンジスピリットであったと思います。
移った当初言われたのは、この高畑精工を思いっきり変えてみてくれ、ということでした。高畑精工は精密成形技術において国内トップクラスの技術を持っており、これを武器に最初の海外進出先として決めたアメリカに打って出ることにしました。事業分野としては将来性が見込める自動車関連部品を選定し、その後世界各国に進出しました。
*Company Profile(会社案内パンフレットを用いての説明)
・表紙「CHALLENGE TECHNOLOGY INSPIRE INNOVATION」
これを会社の基本的なMentalityとして置きました。
・P.2~3 4 Core Values
タカハタプレシジョンという会社の価値をここに打ち出しました。
#1 人財
モノづくりは、人づくり。人こそ財産であるというこだわりから、「人材」ではなく「人財」という漢字を使いました。
#2 総合力
端的に言えば「垣根を取る」ということです。私が以前勤務していた会社の場合、多くの関連部門の審査を経て稟議書が承認されるまでに3カ月以上を要しました。大企業ではこういうデメリットがあります。私の会社では管理系の職場の人数は極力減らし、工場や研究系の職場に多くの人を投入してこういうデメリットを無くすように努めています。
#3 対応力
#2の総合力とリンクしますが、パンフレットにある「お客様のニーズに的確、柔軟、そして迅速にお応えする」には「垣根を取る」ことが必要です。そして「物事には正解が無い」ことを知る必要があります。特定のビジネスの世界において「決める」ということは、いくつかの選択肢の中から「選ぶ」ということですが、考え抜いて選んだ選択肢を採用してもうまくいかないことがあります。それは時間と共に状況が変化するからです。迅速な対応力によりこの変化に立ち向かわなければなりません。この迅速な対応力を実現するため、私の会社では多様化の象徴として役員の多国籍化且つ複数女性役員の登用をすることで議論の活発化を図っています。
対応策として予算とか経営計画を立てる場合、私が以前勤務していた会社では正確性が執拗に求められ、その結果長期間に亘り改訂に次ぐ改訂を強いられ、その間に外部の状況が変わってしまうということがありました。これからは正確性の追求より、覚悟・腹落ち・納得性といったことを重視し、方向性を決めたらそれに向かって集中し、外部環境に応じて柔軟に修正しながら進めることが重要と考えます。
このようなことを実行するために必要なもの、それは知性です。そのために勉強し、知識を増やし、考えて考察することを持続させて下さい。そして感性・五感を磨いて下さい。
#4 挑戦力
当社の製品の1つである水道メーターに関連して役所と付き合いがありますが、従来のメカ式水道メーターからスマートメーターに変える提案をしても、前例が無いとして逡巡されてしまいます。「前例が無い」から挑戦すべきという当社の姿勢に対しても、理解を得るのが難しいので、この分野で有力な競合他社がいないオーストラリアに進出しました。
・P.6~7 事業拠点
これらのページに記載しましたように世界各国に事業拠点を置いており、年間の3/4は海外出張しています。これだけ海外にいると複眼で世の中を見ることが出来るようになり、マスコミやニュースで報道されることは物事の片鱗に過ぎないことが分かります。従って、特に若い学生諸君に言いたいのは、今はひたすら勉強に励み、そして世の中に出たら少しでも外に出て下さいということです。自発的な行動によってその機会を掴んで下さい。私の場合失敗もしましたがそこから多くを学び、取り返して来ました。七転八起ということです。これを行うのは大企業にいては難しいかも知れません。従って自らの力で大きな成果を掴み取ろうと思ったら、大企業に入ったとしても一度外に出てみることを勧めます。大企業でしか得られないものもありますが、外に出て初めて得られるものもあります。失敗することもあるでしょうが、それを通じて視野を広げることが出来るのです。失敗に落胆せずそれに打ち勝つことにより大切な経験を得ることが出来ることを説いた大隈重信の言葉を、恥ずかしながら最近知りました。我々、特にビジネス世界にいる人間はこの言葉を肝に銘じる必要が有ると思います。
私の会社では人事評価において、若い研究・技術職の人に対してはどういう失敗をしたか、そしてそれら失敗から何を学んだかを評価に加味するようにしました。これにより、コストは掛かるようになりましたが社員が失敗から学ぶことを覚えてチャレンジスピリットを醸成し、人が育つようになりました。
<講演の後半>
*新しい分野への取り組みについて
パンフレットの8ページの下方にある「挑戦し続ける技術者集団」という見出しに続く文章の中で、「従来のビジネス領域とはまったく異なる新しい分野への取り組みも進行しています。」と記載しました。新しい分野に進出するために、当社の若い精鋭技術職十数名を集めてブレインストーミングをさせました。4~5回行ったのですが、新しいものは出ず、話が従来の技術に戻っていくような状況でした。理由を考えたのですが、メンバー全員が同類、すなわち同じような社会的バックグラウンドにある人達であることに気付きました。組み合わせを間違えたわけです。対応策として社外からの色々な考えを取り込みました。異なる業界、外国、年配者から若人まで。その結果、予想もしない新しい考えが出て来ました。従来からの組み合わせを変えることによって、初めて新しいアイデアが生まれて来るということです。同時に、前述のように外に出て幅広く物事を見ることが重要です。
*バランスについて
私の会社では新しい分野に挑戦する部署(A)と、既存の事業を担当し利益を生み出す部署(B)があります。そしてこれらの部署の間で摩擦が起きることがあります。部署(A)の幹部はお金を使うばかりで部署(B)に対して申し訳ないと思い、部署(B)の幹部は専ら自らの部署で利益を生み出しているので、部署(A)に対して厳しい態度で迫るといった具合です。大事なのはこれらの間のバランスをとることです。会社にとっては(A)も(B)も必要で、これらのバランスをうまくとることが非常に大切です。そして、もうひとつはこのバランスをとるためのコミュニケーションをスムーズ且つ活発に行う環境を作ることです。トップダウンは時として思考停止を招きます。社内にはこれらの部署の人達が参加する色々な会議があるのですが、私以外役員たちから、これらの会議には出席しないで欲しいと言われました。私が出席すると私が発言の機会を殆ど独占し、他の参加者は私に忖度するから、というのがその理由です。そして、その言葉に従い私が出席しないようにすると色々な意見が出るようになって会議が活発になりました。
私はサミットと呼んでいる最高経営会議には出席しますが、そこでの発言はなるべく控えるようにしてその場の雰囲気を掴み取るようにしています。この「雰囲気」が大事で、海外出張した際も工場の中を歩き回って職場の雰囲気を掴み取り、微妙な変化を察知するようにしています。この「察知する」ことも大事で、かつて私より年上の役員が当時の会長に直接提出していた業務報告書の内容が、業務実態と乖離した美辞麗句となっていることを会長に説明した結果、納得してもらい改善を任されました。社長とは言え現場で働き苦労してきたからこそ分かったことで、先輩格の部下と現場の仲間たちとの間に入って両者間の相互理解を良好なものにすることが出来ました。ということで、現場の重要性を強く訴えたいと思います。最近大企業が起こしている品質問題の原因は、決定権を持った人が現場をよく見ていない或いは実情を知らないからです。何故かというと企業が大き過ぎるからです。大き過ぎる故に、変化に対応出来ないのです。会社は絶対にこのようになってはならないと考えます。私はこの現象を環境変化に対応できずに滅んだ恐竜を例にとって社員たちにしばしば説明します。現在私はこの会社をこれ以上大きくするつもりはない考えを持っています。ガバナンスが効かなくなる恐れがあるからです。これが正解かどうか分かりませんが、当面この方針で行ってみようと思います。なお、最後の海外進出先としてヨーロッパのスペインを選び、本年2019年初頭に工場を立ち上げました。意識している顧客の一つにBoschという会社がドイツにあるのですが、進出先としてはスペインを選びました。理由として、ヨーロッパにある先進国と比較して忘れられたような国ではあるのですが、物造りに興味があって芸術的センスを有する人財が豊富であること、また日系を含めて競合他社が見当たらないことでした。進出して間もないですが、多数の引き合いがあります。
<まとめ>
会社の規模の拡大としてはスペインが最後であり、これからは中身を充実していきます。中身とは人財育成、Culture変化、そしてInnovationです。このInnovationの中で今回、西出先生、本間先生、そして後輩の宮武先生とのお付き合いを通して母校と関わることが出来、こんな嬉しいことはありません。そして、今回の私の講演から学生諸君が何か得ることが出来れば、それは私の最大の喜びです。また、学生諸君の中に将来に対する展望みたいなものが少しでも芽生えてくれたら、それも私の喜びです。
以上で私の講義とさせて頂きます。有難う御座いました。
時間的な制約から、質問を1件だけ受付けました。
<質問>
新規事業への挑戦のため外に出て行くことと規模を大きくすることとは関連性があるように思えるのですが、この点はどのように考えたら宜しいでしょうか。
<回答>
私の会社の、既存の技術による売り上げを仮に100とすると、これが80、70、60と段々減少して行きます。例えば3-D Printingという技術が拡大しつつあり、形状のみを考慮した製品において売り上げを伸ばしています。一方、私の会社で従来から行っている射出成形は製品の機能や精度を追及した技術ですが、製品の売り上げは減少しています。この減少した10、20、30の部分を新しいものに置き換えて、売り上げの100を維持しようということです。これが正解かどうかは分かりません。規模を大きくすることを全否定しているわけではありませんが、私の会社の実情や外部の環境を考慮して現在はこのような方針を採っているということです。
講演の中で参照された会社案内パンフレットは、電子ファイル化されて応用化学会HPの中の「資料庫」(パスワードが必要です)に交流講演会資料(講演会第34回)として格納されています。是非ご覧下さい。
【懇親会】
講演会終了後、会場を56号館地下1階理工カフェテリアに移して懇親会が開催されました。
参加者;教員・OB/OG・講演会関係者36名、学生27名、合計63名
交流委員会鈴木委員の司会のもと、応用化学会濱副会長の挨拶、続いて安達副会長の挨拶と乾杯のご発声の後、懇親会が始まりました。
今回の講師である山本社長は積極的に学生の輪の中に入り、熱い懇談の場となりました。学生にとって講演会では聞くことが出来なかった山本社長のご経験やお考えを直接聞くことが出来、今後の進路を考える上で大変貴重な機会になったのではないかと思います。
今回も早大応援部学生に懇親会場でのパフォーマンスをお願いし、懇親会後半に校歌、エールで参加者が声を合わせ、応化会の団結を確認し今後益々の発展を誓いました。
そして橋本副会長の中締めと閉会の挨拶に続いて、学部生部会 岡 部会長の一本締めにて解散となりました。
講演会・懇親会のスナップ写真は下のボタンをクリックしてご覧ください。
以上
(文責:交流委員会)
第34回交流会講演会・懇親会Gallery
新18回(昭和43年卒)応化同期会開催報告
2019年11月13日
2019年11月11日(月)、大隈会館202号室で同期会を開催しました。業務多忙、体調不良等で欠席された方もあり、出席者は昨年よりも3名少ない28名でした。
保坂君の司会、竹下の挨拶につづいて全員で乾杯して会が始まり、暫しの会食・歓談の後、参加者全員の近況報告、中井君や関谷君からの応化会関連の活動紹介、竹下からの会計報告と続きました。和気藹々の楽しい時間が流れて15時過ぎに保坂君の挨拶に続き、玄関ホールで記念写真を撮ってお開きになりました。
今回の同期会は、昨年に続き参加者全員による近況報告がメインでした。どの参加者のお話しも日本人の平均健康寿命を超えた我々同期にとって身近で関心の高いものばかりで大変参考になるものでした。
その中からいくつかを紹介します。
- 会社勤務、自然観察ガイド等のボランティア活動、企業コンサルタント業務、海外での共同会社経営 等
- 胃がん・膀胱がん、大動脈解離や心臓バイパス等の手術からの快復、白内障の手術、腰痛・膝痛等に伴う体調管理、県対抗野球参加、ウォーキング、テニス、筋トレ等の体力維持・増強
- 超大型台風被害からの復旧、相続への備え、スマートカーの購入や運転免許証返納の勧め、約150ヶ国の海外旅行経験 等
参加者全員、自分の身に置き換えてメモを取ったり、質問したりして熱心に聞き入っていました。“いろいろあるが、青春とは心の若さであり今が青春真っ只中では?”との思いを共有し、それぞれが明日への新たな一歩と来年の再会を誓った一時でした。
末筆になりましたが、新18回応化同期会として、2023年の応化会100周年に合わせてこれまでに積み立てた会費残高を寄付させて頂く予定にしていますことをご報告いたします。
尚、2014年には応化会給付奨学金へ300K¥を会費残高から寄付させて頂きました。
(注)次回は2020年11月吉日を予定しています。詳細は各研究室の幹事から後日、ご連絡致します。同期の皆さん全員の参加をお持ちしています。
(幹事:杉本、進、品田、永田、関谷、曽根、鶴岡、小久保、渡辺(壮太郎)、渡部、中井、山形、長島、金山、保坂、竹下)
以上
(文責 竹下哲生)


























