第2回 応化卒の多様なキャリア形成 報告

【イベント詳細】
開催日時:2023年12月16日(土)
開催場所:63号館202室および63号館ロームスクエア
開催形式:対面開催
15:00- OBOG・博士学生による講演
16:30- 座談会 兼 懇親会

コロナ禍以降、オンラインにて開催してきた本イベントは、今回の「第2回 応化卒の多様なキャリア形成」にて、久しぶりの対面開催となった。今回は学位取得後、企業にて活躍されているOBおよび現役の博士後期課程学生からの博士課程での研究や博士取得後の企業研究に関する講演を実施し、博士課程進学というキャリアパスに対する解像度を上げてもらった。また、座談会兼懇親会では、久しぶりの対面開催ということで、学部生と博士人材間のみならず、博士人材同士も交流する場を得ることができた。

開会挨拶: 下村副会長:

下村 副会長

今年は応用化学会創立100周年として様々な取り組みをしている。先日発行された応化会会報にも執筆したように、“早稲田応用化学会は次の100年に向けてどのようなことに取り組んでいったらいいのか“ということが、現在の我々が考えるべきテーマである。特に次の100年に向けて、「多くの人が集まる場を作ること」と「応化会会員のキャリアの育成」が重要と考えている。本イベントもこのような趣旨に沿ったものである。「応化卒の多様なキャリア形成」ということで、博士関係の参加者が多いが、博士進学の有無に関わらず、博士の世界がどのようなものなのかをぜひ知っていただきたい。

OBOG・博士学生による講演:
今回、企業で働く博士OBと現役の博士学生の2名に、これまでの自身の博士研究での経験・博士進学の動機などについてご講演いただいた。尚、司会進行は、応化会 基盤委員会 斎藤ひとみ委員に行っていただいた。

講演者①;小池 正和さん(三菱ケミカル,黒田・下嶋・和田研究室(無機化学部門), 2021年博士修了)

題目:「博士進学と企業研究の魅力」

小池正和さん

小池正和さんは、無機化学研究室に所属され、日本学術振興会特別研究員(DC1)として博士研究を行われていた。現在は、三菱ケミカル株式会社 Science & Innovation Center 分析物性研究所 先端解析グループにて、無機材料の各種分析と新規分析技術の導入に従事されている。

講演において伝えたいメッセージ
学部・修士学生への一番のメッセージとして「自分自身のキャリアを主体的に形成してほしい」、そのうえで博士進学を一つのプランと考え、研究が好きなら是非博士へ。と最初にメッセージをいただいた。

学生実験と研究の違い・博士進学での経験について
学生実験は実験項目が皆同じで、ノルマも目標も必要な器具や試薬も最初から用意されている。一方で、研究室での活動では、一人一人に異なるテーマが与えられ、ノルマや目標は最初からあるのではなく実際に実験を進める過程で得られた結果から見えてくるものである。そして、そのための準備は先輩から教わりつつ自分でしていく必要がある。
小池さん自身が学部4年時に与えられた層状ケイ酸塩の作製というテーマは挑戦的であり、なかなか成果が得られずに苦しんだ。卒論執筆の頃にようやく成果が出始める。その中で、自分の研究の立ち位置(意義や周辺の研究と差別化される点)を知り、研究に、ひいては博士課程に興味が生じた。博士進学を決断した理由としては、自身の研究テーマを突き詰めたいという想いが強くなったことが最大の理由であったとのこと。また、研究室内での活発なディスカッションに楽しさを感じていたこと、分析装置を使いこなしたいというモチベーションがあったこと、さらにはM1での学会発表の経験や、博士進学(LD)を早期に決めていた同期からの影響もあったそうだ。一方、博士進学に対する経済的な不安もあったが、応用化学科関連の奨学金やDC1からの支援が充実していた。
博士課程での経験としては、研究の中で得られた結果からフィードバックして次の展開や課題を見出すなかで、研究の方針を自分で設定できること。その中で実験スキルの向上や、新規技術の取り込みなどを行い成長していく。また、自身で見つけた課題から他の学生の研究テーマを提案し、後輩の面倒を見る経験をできた。これらの経験は、課題探索能力やマネジメント力を得ることに繋がったとのこと。

企業での研究について
現在、企業では無機材料の各種分析と新規分析技術の導入を中心に業務を行っている。他部署から依頼を受けて分析を行うことが大半だが、材料合成のR&Dの部署との連携も行っている。そのなかでは分析側から材料合成側に方針の提案をすることもあるという。企業での研究の特徴として、研究資源が充実していることや、周囲にいる様々なバックグラウンドを持った人を巻き込んで仕事をできる、ということが挙げられる。ノルマや目標(例えば材料の性能の目標値)は明確になっている点も企業研究の特徴である。
ChatGPTに「企業研究の魅力とは」と質問した結果、社会貢献・自己実現・キャリアアップ・チームワーク・実践的の五つが回答された。この中で、社会貢献・自己実現・キャリアアップについては博士課程に限らない大学全般での経験が活きる。一方でチームワーク、つまり様々な人を巻き込むというのは博士の経験が活きる点だと思う。実践的な研究、つまり事業化に耐え得る製品や技術の開発という点に関しては、原理原則に基づく考え方が必須であり、これも博士課程での経験が活きる。最近の企業研究では「性能の向上や新材料の合成」だけでは売れない。世の中の(潜在的・顕在的)なニーズにあった製品を作ることが大事。だから、潜在的なニーズを見つけ出す力は必須であり、それは博士課程でこそ培われるものである。

講演者②;重本 彩香さん(博士後期課程2年,関根研究室(触媒化学部門))

題目:「博士課程に進学して得た経験」

重本彩香さん

重本彩香さんは、触媒化学研究室の博士学生として研究に従事される中、早稲田大学の助手として、大学授業や応用化学科の業務を兼任されている。また、今年度はオランダとスイスに海外研究留学をされ、博士課程中に幅広い経験をされている。

博士進学を決めたきっかけ
修士課程ではしっかりと就活に力を入れており早期から準備をして、企業に就職するつもりでいた。そこから一転して博士進学を決めたきっかけは、論文を出版したことと、さらにカバーピクチャーに選定されたことである。海外から自身の研究を認められたことがとても嬉しく、このような経験をさらに重ねたいという想いが芽生えたそうだ。進学の決め手となった理由は3つあるとのこと。1つ目は、仮説を立てて実験し、分からないことを解明していく、という毎日の研究がとても楽しく感じられたこと。2つ目は、博士号の取得や研究活動により自身の価値を高め、自分が何者であるかを明確にしたいということ。3つ目は、将来の選択肢や可能性を広げたいということ。であったとのこと。

研究室での研究について
学生実験と研究は明確に異なり、学生実験は新しい発見のためでなく、実験手法や原理を学ぶためのものだが、研究では未知の知見の創出のために誰もやったことのないことに挑戦する。自分で実験計画を組み、必要な装置も自分で用意する。上手くいかないことも当たり前であるが、そこに楽しさがあるのが研究である。

博士課程での研究や助手について
博士課程での1日のスケジュールとしては、助手業務がない日(週4-5日)は、朝から夕方まで自身の実験を行った後、研究室の学生や先生とディスカッションを行い、データ整理をして帰宅するとのこと。一方、助手業務がある日は、朝実験を行った後、基礎実験などの助手業務を行っているそうだ。助手のメリットとして、金銭的な不安がなくなること、科研費に応募できること、教育の現場に立って学生との交流が可能なことが挙げられる。学生との交流による発見もあり、忘れていた内容の復習にもなるとのこと。
また、自身の研究を世の中に発信する方法のひとつとして、学会発表がある。修士課程までの学会は国内がメインだったが、博士になってからは海外の学会に頻繁に参加する機会が増えた。また、海外に研究留学に行けることも博士課程の良いところであるとのこと。今年、オランダのデルフト工科大学とスイスのスイス連邦工科大学(ETH)付属のポール・シェラー研究所に留学したそうだ。日本の研究室の違いとして、博士学生・ポスドク・テクニシャンの多さに驚いたことや様々な分野の様々な国籍の研究者が所属していたことを紹介いただいた。また、ドッジボールやBBQなど、研究以外の思い出もできたそうだ。また、国内学会においても若手会のコミュニティに属しており、国内の様々な博士学生や先生と交流をしているそうだ。

博士課程での研究において大切なこと
まずは、一人で抱え込まないこと。周囲との相談によって精神的にも安定するし、自分では思いつかなかったことや見落としていたこと、意外なアドバイスから研究の突破口を見つけられることが多々ある。次に、研究や博士課程、ひいては人生の目標を持つこと。博士号を取得したのちのキャリアプランを持つことで博士課程でのモチベーションを維持できる。最後に、息抜きと健康管理がとても大事であるとのこと。重本さん自身、ランニング、料理教室、スキーなどの趣味を持っている。以上を踏まえて、博士課程に進みたい!研究を続けたい!と思ったら、自分のその気持ちを一番大切にしてください。というメッセージをいただいた。

応用化学科及び応化会関連の奨学金説明:須賀先生

須賀 先生

早稲田応用化学会は1923年5月に設立された会員数11000人超えの組織であり、卒業生との太いパイプがある。「先輩からのメッセージ」「企業が求める人物像」などのイベントがある。今回もそのイベントの一つ。博士後期課程に進学する学生にとって、関心事の一つが経済的なサポートである。応用化学科及び応用化学会の充実した奨学金制度について、また、博士後期課程への進学率とその後の進路先の割合について紹介した。博士後期課程修了者は、2010年以降2022年までの間で約90名である。博士号取得者のおよそ6割は企業で活躍している。次いで国内大学、海外大学、省庁・研究機関となっている。

博士後期課程の支援体制として、学内外の奨学金制度は、貸与型と給付型がある。まずは学外として、JASSO、早稲田学内全体として早稲田オープンイノベーションエコシステム挑戦的研究プログラム(W-SPRING)がある。一方、応用化学科および応化会独自の奨学制度はとても充実しており、学科内の奨学金制度は全て給付型となっている。また、最近では「応用化学科卒業生による優秀な人材の発掘と育成の支援」の実現のために、学部生を対象にした奨学金も拡充している。早期から優秀な人材を発掘・支援したいという目的から、すそ野を広げる形となった。そのため、各人の状況に応じて充実した奨学金制度を有効活用し、研究に集中できる環境を是非整えて頂きたい。博士で専門性を深めるのもキャリアアップの一つとして関心のある学生はふるって応募してほしい。一方、まだ研究について全くわからなくても、このような支援の存在を早い段階から知っておいてほしい。そして、研究が面白いが第一。自分のこととしてとらえ将来の活躍に役立ててほしい。

閉会挨拶:橋本副会長

橋本 副会長

今日の講演におけるおふたりの話は説得力がありとてもわかりやすかった。私の経験からも、博士号はこれからの時代においてとても重要であると感じる。特に海外では、日本とは異なってドクターを持っているかどうかでチャンスの違いが大きく、私自身ドクターをとっておけば良かったと思ったことがたびたびあった。
学生時代に私は「博士になると狭い領域の研究だけを深く行うことになり、世の中に出るとつぶしが効かなくなるのではないか」と考えていたがそれは大きな間違いであり、博士になるためには周辺の研究がどのようになっているのかを把握できる総説(Review Article)的な高い視点と広い視野を持たなければならない。そうした視点や視野を持つことは、大学から社会に出たとしても、例えば企業において企業戦略や、研究戦略を建てたり議論する場合においても必要かつ重要である。
本日の発表者の体験に基づいた説得力のあるメッセージによって、博士のイメージや理解が高まってきたと思うので、博士進学のチャンスがあるのであれば是非真剣に考えて挑戦して欲しい。将来的にはきっとドクターをとっておいて良かった、チャンスが広がったと思い返すことがあるのではないかと思う。

座談会 兼 懇親会:

博士学生と学部修士の学生が交互に座り、博士での生活の様子や、学生の悩みや不安について相談に乗っていた。また、修士課程以下の学生からの相談だけではなく、博士学生も博士号取得者や社会人ドクターの方に様々な相談を投げかけていた。初めて交流する人同士が多い中で最後まで話が尽きず、様々な人との交流が行われ、盛会に終わった。


座談会 兼 懇親会の様子