【イベント名】
2025年度第1回先輩博士からのメッセージ
【イベント詳細】
開催期日;2025年7月26日(土)
会場:西早稲田キャンパス63号館202室+63号館ロームスクエア
講演形式;対面
14:00~14:05;開会挨拶
14:05~14:45;先輩博士・博士学生による講演(20分×2件、質疑込)
15:00~16:00;座談会(20分×3セット)
16:05~16:15;応化及び応化会関連の奨学金説明
16:35~17:55;懇親会
17:55~18:00;閉会挨拶
応化会会長による開会挨拶後、企業で活躍されている博士OG、および現役の博士後期課程に在籍している学生から、博士後期課程に進んだ動機、留学経験、企業と大学の研究の違いなどについて講演いただいた。座談会では参加者を学部~修士学生、および現役博士学生〜先輩博士を交えた少人数のグループに分け、講演に関わる質疑応答や博士後期課程での生活などに関して活発な意見交換が行われた。加えて、懇親会では様々な立場の学生·先輩博士の間で交流が深まった。様々な場所で本イベントに対して早めにアナウンスいただいたことで、幅広く各学年からの学生参加に繋がり、学生·先輩博士·応化会関係者合わせて70名程度が出席し、盛会に終わった。
開会挨拶: 下村 会長
夏季休暇中ながら、多くの学生さんに参加いただき大変うれしく思っている。今年も猛暑が続いているが、温暖化については同期の松方教授と話すことが多く、色々なデータを踏まえた話になる。一方で最近の世の中を見ていると、データに基づいて説明する人が少ないように感じる(米騒動の話題にも触れつつ)。皆さんは化学に携わる以上、データに基づいて議論することの大切さを認識して欲しい。また、そのような人が上に立ち、今後の日本を引っ張っていくことを期待している。今回は博士学生·博士人材の方々から博士について、色々な話を聞くことができるのではないかと思う。自分自身は、博士号を取得していないが、社会人を40年続けてその重要性を実感してきた。特に、博士人材にはクリエイティブに物事を創造して欲しい。皆さんを応援していきたいので、この会がその第一歩となることを願っている。
先輩博士·博士学生による講演:
企業で働く博士OGと現役の博士学生の2名に、学部·修士課程での過ごし方や研究室の選び方、研究室生活、博士進学の動機、博士研究を通じて得た経験、アカデミックと企業の研究方法の違いなどについてご講演いただいた。
講演者①;中原 輝さん(博士後期課程3年,山口研究室(有機合成化学部門))
題目:「チャンスの神様は前髪しかない」
中原 輝さんは、有機合成化学研究室の博士学生及び日本学術振興会特別研究員(DC2)として研究に従事されている。国内外の学会参加やアメリカへの研究留学など、幅広い経験をされている。また、国内最大の化学ポータルサイトであるChem-Station内のYouTube動画も作成されているとのこと。題目は、チャンスの神様であるカイロスは前髪しかないことから、チャンスは一瞬で訪れ、逃さず掴む必要があるという意味。
研究室での研究内容、及び大学·研究室を選んだ動機
山口研究室の研究方針「分子をつなぐ、分子をぶっ壊す、革新的な分子をつくる」の中で、「芳香族化合物における置換基の位置を制御する新規変換反応の開発」の研究に従事している。化学に携わりたいと考えた発端には、祖父の難病があり、「難病治療薬を創りたい」という強い想いがあった。本学応用化学科を選んだのは、見学した時や受験の会場に、面白そうな人が多かったため。山口研究室に惹かれた決め手は、応用化学科が主催するオリエンテーション(グループミーティング)で、山口教授の第一声が「好きなラーメンは何?」だったから。フレンドリーに接してくれる教授から色々学べると期待して山口研究室を選択した。山口研究室は研究の進展スピードが非常に速く、一見大変に思われるかもしれないが、まだ見ぬ反応設計·分子合成の追求に面白さを感じている。研究に打ち込める時間は今しかなく、大事にしたいと考えている。
博士進学を選んだ動機、博士後期課程に進んで実感していること
博士進学を選んだのは、自身の難病治療薬創薬の夢を達成するうえで、製薬業界で活躍するために学位取得が必須と考えたから。山口研究室は研究活動と研究室生活の両面で充実した環境が整っており、博士号取得への支援が豊富であったことも進学を後押しした。博士後期課程では、8時半に研究室に到着してから食事以外はほぼ実験という日々が続いているものの、応化会および応用化学科の奨学金制度が充実しており、手厚い支援を受けているため経済的な不安はほとんどない。
博士進学後の実感として、自身の研究の深化や、専門的な知識や実験技術の習得等がよく話題にあがるが、自身が最も実感したのは「人から頼られる場面が増えた」ことである。研究室内では最高学年となるため、後輩や他の学生の面倒を見る場面が非常に増えたと感じている。また、博士後期課程までにため込んできた研究成果を、国際学会·留学等で自信をもって発表できるという経験も博士後期課程でしか得られないと考えている。(日本化学会年会でも学生優秀講演賞を受賞)
留学経験
博士後期課程2年の10月に、米シカゴ大のM. Levin研究室に日本学術振興会(JSPS)の制度を活用して、3か月間の短期留学を経験した。JSPSや里見奨学会からの支援を受けたことで、資金面も工面できた(本制度はすでに終了しており、前髪(チャンス)を掴んでおいて良かったエピソードの1つ)。英語はもともと苦手であり、院試合格に必要なTOEICも締め切り間際にボーダーラインに到達した経験がある。研究室配属後は、英語の習得に継続して取り組み、学会等での発表経験や、海外研究者の方とのコミュニケーションを通じて習得した。
実際に留学してみて、研究室では最高学年としての自負があったが、夕方に研究室に来て実験するだけでハイレベルな研究成果を生み出す研究者が何人もいて、米国研究者の思考能力の高さや教育の成熟度の違いを感じる等、海外での経験を通じて、「逆立ちしても敵わないレベルの研究者」と出会い、価値観の違いや、日本の外から見る日本の魅力に気づくことができた。
将来のキャリアと学生へのメッセージ
将来は製薬企業への就職を予定している。応用化学科に所属する私たちの環境は本当にチャンスに恵まれている。未来はどうなるかわからないが、題目にも示した通り、後悔のないように今目の前にある“前髪”を掴んでみて欲しい。
講演者②;斉藤 ひとみさん(株式会社 東芝, 菅原研究室(無機化学部門), 2013年修了)
題目:「人生の岐路での巡り合わせ」
斉藤ひとみさんは、無機化学部門(ゾル-ゲル反応を用いた多孔質無機-有機ハイブリッド材料)が専門で、博士後期課程後半は早稲田大学 理工学術院 助手も兼任されていた。在学中は文部科学省グローバルCOEプログラムに参加され、海外インターンも経験。学位取得後は株式会社東芝の研究開発センターで長年研究開発に従事され、現在は東芝エネルギーシステムズ株式会社にて研究企画·管理に従事されている。
研究室での研究内容、及び研究室·博士進学を選んだ動機(一つ目の岐路)
学部では様々な化学の存在を知り、毎日新しいことを学べてワクワクしていた。特に無機化合物の結晶構造の美しさに惹かれ、3年の研究室配属では無機化学研究室を志望した。配属後のアンケートで結晶性層状化合物を希望したにも拘わらず、アモルファス(非晶質)の多孔質ハイブリッド材料が研究テーマとなった。当時は修士課程までは進学を決めていたが、博士進学は考えていなかった。
ゾル-ゲル反応を用いた無機-有機ハイブリッド材料は、組み合わせ次第で無機と有機双方のメリットを生かした材料となり得ることに無限の可能性を感じ、段々アモルファス材料が面白くなり、博士進学に興味を持ち始めた。当時の研究テーマで用いる予定だった原料が諸事情により中々入手できなかったため、入手までの期間は原料を模擬した架橋型モノマーが重合していく時に形成されるSi–O–Si (シロキサン) 結合の素反応を核磁気共鳴(NMR)法により追跡することになった。様々な条件を試したものの、上手く反応課程を分離できず、なかなか成果に結び付かなかった。
微妙な結果のまま臨んだ学会発表では他大の先生から的確かつ厳しい指摘を受け、挫折を味わった。しかし、この時の挫折から一念発起し、博士進学を決心することになった。当時は、経済的な理由から就職後の学位取得を考えていたが、就職活動直前に発生したリーマンショックで各社の採用活動が急激に鈍化·停止し、悩みに悩んだ末に就職せずに博士後期課程に進学することに決めた。この時、博士キャリアセンター(当時)や応化会のイベントに直接足を運んで、積極的に情報収集したおかげで、経済的な不安が解消され、安心して進学を決断することができた。
博士後期課程での経験(海外インターン)、学位取得後の進路(二つ目の岐路)
博士後期課程では、大学や応化会の奨学金を受けつつ、文部科学省のグローバルCOEプログラムを通して、フランス国立科学研究センター(CNRS)のDr. P. Hubert. Mutin及びモンペリエ第二大学のProf. B. Bouryの元で海外インターン(約3ヶ月)を経験した。(CNRSはモンペリエ第二大学内に設置され、同じ建物内に大学教員とCNRS研究者、ベンチャー企業の経営者が同居する不思議な環境だった。) 語学学習も間に合わないまま初めての海外滞在で、最初は意思疎通が難しかったが、ボディランゲージを駆使しつつ、自ら教員や現地の先生、CNRSの研究員、大学スタッフと積極的にコミュニケーションをはかった。 研究では、「徹底的なディスカッションありき」のフランスの研究方針と、「まずはやってみる」方式の日本との違いに大きな衝撃を受けた。徹底的に議論を尽くしてから実験を開始することで、短時間でより大きな成果をあげ、時間のメリハリを大切にする考えにも感銘を受けた。また、多国籍のスタッフ·研究員との交流を通じて、日本人を自覚するとともに、語学スキルよりも「自分は何を考え、何をしたいか」を明確にすることが何より大切であることを学んだ。
学位取得後の進路としてアカデミックと企業を考えた。助手業務を通じてアカデミックは僅かながら体験できたので、全く異分野の人々と仕事ができ、かつ、化学が少数派の企業で活躍したいと考え、たまたま応化会イベントで自社の面白さを熱弁した先輩OGと巡り合ったことで東芝への入社を決めた。入社後は無機材料系のラボラトリーで太陽電池の開発からスタートし、その後、多孔質材を用いた分離技術開発を一貫して行ってきた。現在は事業部に出向し、水素事業の研究企画·管理を行なっている。
企業と大学との研究の違い
企業では社員の安全·健康管理等の観点から、徹夜を含む長時間の残業は推奨されていない。従って標準勤務時間内で効率よく研究業務を行い、目標を達成する必要がある。そのためには、電気や物理、機械といった専門分野が全く異なるだけでなく、国籍も異なる仲間をいかに多く集め、上手くコミュニケーションとっていくかが重要となる。また、企業での研究は「いつまでに、どのような性能で、何を、いくらで作るか」を常に考えて動く必要があるが、世の中の潜在的なニーズをいち早く察知し、製品化やサービス提供までのプロセスに直接関与できることは企業研究の醍醐味の一つと感じている。
学生へのメッセージ
博士学生だった当時、何を考えてどんな行動をとったのか時系列に沿って説明したが、学生の方には、下記のアドバイスをしたい。
(1)今(幅広く)学んでいることを好き嫌いせずに確実に習得して欲しい、(2)SNS等の二次情報に惑わされることなく、自分自身で直接情報収集を行って欲しい、(3)真贋を見極める目を養って欲しい、(4)なるべく多く自分で体験してほしい。自分が経験できない部分は経験者の話を聞くようにして欲しい(応化会イベントは最適)
座談会
学部1年生~修士2年生と博士学生と先輩博士がそれぞれ5~6名程度の小グループに分かれて座談会を20分ずつ3セット実施した。講演会を踏まえて気になったことや、研究生活や博士進学のきっかけなど、各自が疑問に思ったことを博士人材に直接聞く良い機会となった。
応用化学科及び応化会関連の奨学金説明:須賀 先生
最新の博士後期課程への進学率とその後の進路先の割合、及び博士進学を目指す学生に向けた応用化学科及び応化会の奨学金を含む支援制度について紹介があった。現在、博士後期課程への進学率は1割弱であり、進学率の向上は本学としても注力していきたい課題と考えている。博士号取得者のおよそ6割は企業で活躍しており、次いで国内大学、省庁·研究機関、海外大学となっている。就職先の企業としては化学·材料分野への就職が多い。博士後期課程に進むと将来の進路の幅が狭まるわけではなく、むしろ博士後期課程でのキャリア·経験を積極的に活かすことで活躍している。博士後期課程の支援体制として、学外では日本学生支援機構(JASSO)、日本学術振興会特別研究員、学内では早稲田オープンイノベーションエコシステム挑戦的研究プログラム(W-SPRING)、大学院博士後期課程養成奨学金がある。W-SPRINGは応用化学科のかなりの分野で毎年採択されている。応用化学科および応化会独自の奨学制度は早稲田大学の中でも群を抜いて充実しており、全て給付型となっている。水野敏行奨学金、里見奨学金、中曽根荘三奨学金、森村豊明会奨励賞(成績優秀者対象、定員増)などの支援制度に加え、応化会給付奨学金がある。また最近では、応化会100周年に伴う多大な寄付を受け、「応用化学科卒業生による優秀な人材の発掘と育成の支援」のために、応化会給付奨学金は給付対象を学部生まで拡大しており、博士進学を決心した学生だけではなく、優秀な学生を早期支援するためにも充実させている。以上の通り、博士進学への支援は充実しており、経済的な面での不安は少ないはずである。学部生の方もぜひ今一度博士後期課程への進学を検討してみて欲しい。
乾杯の挨拶(懇親会):米久田 奨学生推薦委員会副委員長
本日の講演であったように、生のリアルな情報を自分自身の手で積極的に取得するようにして欲しい。本日の講演会や座談会で聞けた情報は、ネットやSNSから得ることは非常に難しく、貴重であり、皆さんの成長にもつながると思う。懇親会でも、横と縦の交流を深めて生の情報を見聞きして欲しい。また、今秋11月29日にパネルディスカッションを含めた第2回博士イベントがあるので積極的な参加を期待している。
閉会挨拶:臼田 基盤委員長
博士後期課程への進学に関して、多くの方が興味を持っているということは何よりも重要なことと思う。本イベントの冒頭にもあった通り、多くの情報に惑わされることなく、本イベントのようなリアルな場で先輩方·経験者に聞いて判断するのが良い。その上で皆さんが今後何をしてどのような人生を切り開いていきたいのか考えて欲しい。中原さんの講演にあったように、本イベントに来た皆さんはチャンスを掴んでいると思う。加えて同講演では、やりたいことをしっかりやり遂げることが大事であること、また、博士後期課程に行って人に頼られることが増えたと述べられていた。博士学生や博士人材となってからは、いかに人望を集めてリーダーシップを発揮できるかが大事である。斉藤さんの講演では、人生の岐路としてのフランス留学の際に、まず話したいことがなければ英会話の技能は発揮されないこと、そして異文化を体験することが大切と述べられていた。これは博士後期課程に進学しなければなかなか経験できない貴重な体験である。
講演にはなかったが、名刺にPhDが入るか入らないかで相手からの印象が全然異なる。これも、学位取得のメリットの一つと思う。学生の皆さんには、やりたい研究を見つけて(斉藤さんのように学部4年生の時に研究成果が芳しくなくとも逆転の道はある)、面白いと思ったら博士後期課程進学を考えてみて欲しい。
懇親会の様子
以上