百武壮氏 講演内容
講演の概要を下記しましたが、詳細については講演者が講演にあたって作成し使用されましたプレゼンテーションファイルを、応化会HP内の“資料庫”に格納しておりますので、是非そちらをご覧下さい。なお、“資料庫”に入室するためにはID(ユーザー名)とパスワードが必要です。
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講演の概要
本講演では、主に下記5項目のアウトラインに沿ったお話しがありました。
- 【1】自己紹介
- 【2】土木研究所
- 【3】機能材料とインフラ維持管理
- 【4】行政職
- 【5】研究職に戻って今どうするか
上記のアウトライン毎に、主要な内容と思われるものを下記します。
【1】自己紹介
西出先生のご指導を受けて博士課程を修了しました。その時に水野賞を頂きました。高分子研の研究テーマでは発光する材料を使ったり、光を吸収する材料を使ったりして酸素や温度のセンサーとなるポリマーを作りました。それをコーティングして航空機の表面にはたらく空気の渦とか、燃料電池の中で酸素がどう使われ、水がどのように発生するかとか、そういった可視化の研究をしていました。
*土木研究所に就職した経緯
Houstonに行った直後リーマンショックがあり、半年もしないうちに西出先生から帰国の提言を頂きました。当時早稲田大学の中に、博士号所有者の進路について支援してくれる博士キャリアセンターという組織が発足し、JREC-IN等の公募情報から土木研究所の化学系研究職員募集を紹介して頂きました。土木の事は全く知らなかったのですが、西出研の時に行っていたセンサー材料が公募資料の業務内容にあったのでそれならとチャレンジしようと思いました。
【2】土木研究所
*土木研究所はこんな仕事をしています
アカデミックな基礎研究を行う公的研究所との違いは、橋とか河川とか実構造物を管理する事業を行っている官庁である国土交通省所管であることから、後で紹介するニーズ型の研究をおこなっているのが特徴です。
*土木研究所の歴史
大正時代に内務省の土木試験所としてスタートしました。その後国立研究開発法人となり、2022年に創立100周年を迎えた、という歴史があります。
*土木研究所の活動拠点
つくば市と札幌市が主な拠点なのですが、つくば中央研究所と並立して3つの研究センターがあります。私が所属するのはその中で最も新しい先端材料資源研究センターというところです。
*土木研究所の他機関連携
建設省(国土交通省)土木研究所から独立行政法人土木研究所と国土技術政策総合研究所に分かれました。独法化することで、より現場に近い技術支援を役割としています。研究職が約300名、予算は約100億円です。
*災害現場の課題を解決するための研究事例
化学を専攻している学生の皆さんからすると、現地に行くとか、技術相談とか、良く分からないことがあると思います。例えば、地震があった時、現地に行って復旧の手助けをしたり、盛土がなぜ崩壊したのか実験し、それに対処するための支援をするなどの活動があります。
*災害現場の課題を解決した技術の事例
最近ではドローンを飛ばしてバーチャルな現場を見ることで、現地に行く前からある程度の状況把握が可能となり、現地での効率的な技術指導が可能となっています。
*現場の課題を元に開発した技術の事例
ワイヤーロープ式の防護柵は最近、高速道路で適用されている技術です。対向車線の境界に設置されている従来のゴム製ポールは車の突破を防止する機能はなく、この技術は省スペースで設置でき安全性を高めることが出来ました。
災害やインフラの事故等が起こった際には、様々な委員会が立ち上がりますが、専門家として参加し、大学の先生等と一緒になって対策に当たる、ということもあります。
*iMaRRC(Innovative Materials and Resources Research Center)
下記に関する研究をしています。
- 先端材料・高度化(化学)
- 汎用材料(コンクリート、金属)
- 資源循環(下水、汚泥、水資源リサイクル)
私は先端材料・高度化という研究室で上席研究員としてリーダーの役割をしています。
*主な研究施設
力学物性試験機、化学物性試験機、並びに促進劣化試験機があります。また、屋外暴露試験場が国内各地にあり、実際の環境下でどのように劣化するか、その対策はどうするか、という研究をしています。橋梁や舗装や水門などの構造物の調査や問題が生じた際の技術指導を行うことがあり、そのような課題を研究テーマにすることも多いです。変わった例としてゴム堰の劣化について調査したことがあります。ゴム堰とはゴムのチューブの中に空気を送り込んで膨らまし、堰とするものです。これにひび割れが出来たのでどうすべきか、という相談がゴム堰を管理する国土交通省の地方整備局から来たわけですが、ゴム堰の専門家というのは国交省にはいないのでゴムや樹脂といった有機材料(化学)の知識がある私たちのところに話が来ました。
このようなインフラの老朽化、あるいは災害が日本にとって大きな問題だということを実感した時に、自分たち材料のグループはどう立ち向かうか、化学の専門家として私は何をすべきか、ということを考えるようになりました。
【3】機能材料とインフラ維持管理
応用化学科で学んでいた機能材料を用いてインフラの維持管理に活かせないかと考え、研究テーマとして提案しました。コンセプトとして“色、光、模様で危険を知らせる”ということを掲げておりまして、劣化検出に対する利点として下記の項目が挙げられます。
- 非接触非破壊で二次元可視化
- 塗布や貼り付けで簡単に設置可能
- 点検用途には目視やカメラで十分な検出能
- 電源不要で災害時にすぐ用いることが出来る
色、光、模様を用いて構造物点検を実施する手法として、夫々次のような材料を用いています。 - ひび割れ検出塗料→発光する塗料が酸素消光することを応用
- オパール薄膜→NIMS開発の構造色薄膜がひずみやひび割れで変色する現象を応用
- モアレ縞→縞模様を貼り付け、計測側でモアレ縞を発生させひび割れ幅を計測
こうしたことを行っているうちに、研究所内で海外留学の募集があったので、応募したところ採用されました。留学先はスペインのカタルーニャにある研究所で、1年間留学しました。酸化銅からなる固体触媒中にCO2のフローをH2とスイッチすることで有機化合物の材料となるCOを作る、というようなことをして1年間頑張りました。
満を持して、帰国しましたところ、それまで実施していた機能材料の研究テーマが実装研究にそっくりステップアップしていました。コストや長期耐久性などの課題は山積みで、実構造物に適用するにはどうしたものか、と悩んでいた時に研究企画課というところに異動になりました。
【4】行政職
研究企画課では最初、副参事という課長を補佐するポジションになりました。慣れない仕事で目の回る忙しさのうちに1年後、研究企画課長を拝命しました。従来は国土交通省の技術系総合職の方が担うポストだったようですが、研究所の運営を担う部署なのだから研究所内から人を充てよという流れになってきた時でした。博士課程を研究の経験年数とカウントされる研究職とは異なり、行政職として経験年数がない私は収入が減って帰宅が遅くなりました。一方で、はじめて組織で仕事をする経験は新鮮で、また、研究企画課が所掌する研究所の運営に関する仕事は楽しいと感じました。研究企画課の仕事は下記のようなものです。
- 機関評価
- 中長期計画の策定
- 予算要求
- 研究職員人事
- 国土交通本省との調整
- 災害対応窓口
研究職の人は企画部門への異動や行政への出向でモチベーションが下がり、退職する人さえいるようなのですが、私の場合は次のような理由から初めて研究所に対する帰属意識が生まれ、乗り切ることができました。
- チームワークで問題解決することを初めて経験した
- 研究で支援すべき行政の中の人と同じ目線で仕事をし、公に対する圧倒的な熱意を感じた
- 小さいながらリーダー・マネジメントの経験をした
土木研究所と他の研究機関や大学との違いを考えた時に、日本の多くの研究機関はシーズ型、すなわちその時々に必要とされる目標(DXやカーボンニュートラル)に対して自分の得意技で研究テーマを提案していくタイプだと思います。それに対して土木研究所はニーズ型、すなわちインフラの課題は山積しているところで、研究を手段として問題解決に対応することを求められていることを理解するようになりました。自分の研究を捉えたときにも、具体的な現場で社会貢献をすることを目標としたいと考えるようになりました。
【5】研究職に戻って今どうするか
舗装分野のカーボンニュートラル実現に先駆けたアスファルト代替舗装材料の研究をすることになりました。社会実装を見据えた民間企業との共同開発を公募、研究開発を開始しており、これは国の新技術促進計画に選定されました(R6年度)。その他にも、これまでインフラに関する材料開発では用いられてこなかったAFM-IRを活用してアスファルトのリサイクルの様子を可視化する技術開発や、CFRPで補修した橋梁の早期劣化の原因究明に道筋をつけるなど、応用化学で学んだ手法や考え方をインフラの研究に応用することで成果が生まれつつあります。
*モチベーションの推移
これまでの経歴の各段階において浮き沈みを経験しましたが、今は“もう一度応用化学!機能高分子”と考えて、気持ちが盛り上がっています。
*インフラの老朽化、災害に対して材料のグループはどう立ち向かうか 私は、何をするか
インフラの老朽化や自然災害は、私が土木研究所に入った頃に比べて更に深刻になっているように感じます。これらの社会問題に対し、研究室先輩が過去研究しており、また、私も取り組みましたが実装・普及には至らなかった機能材料を用いた解決法に取り組むのはどうかと考えています。多くのインフラが老朽化する中、点検が容易でなくなってきている状況で、化学を活用したセンサーを武器に、もう一度挑戦してみたいと思っています。応化会では馴染のない業界かもしれませんが、このように頑張っております。応援して頂けたらありがたいです。宜しくお願いいたします。
有難うございました。
――― 以上 ―――