2008年度定期総会 黒田一幸教授講演要旨


演題:グローバルCOEとメソスケール化学

講師:黒田一幸先生 (早稲田大学理工学術院教授 新制24回)

  1. グローバルCOE
     ご講演中の黒田一幸教授世界的な大学院のフラット化、グローバルスタンダードでの大学(院)評価が厳しく問われる現在、Center of Excellenceとして世界レベルの研究基盤の上で、博士課程大学院教育(人材養成)の展開が強く要請されている。欧州では1999年のボローニャ宣言をはじめ欧州高等教育圏の確立と教育の質の保証が要求され、それらの世界レベルでの展開が進められている。このような背景の中で、文部科学省は大学院の更なる高度化を進めており、当プログラムもその一環で、世界を先導する教育研究拠点形成が求められている。知識基盤社会、グローバル化の進展のなかで、国際的に第一級の力量をもつ研究者の育成は益々その重要性を増しており、2005年9月の中央教育審議会答申「新時代の大学院教育」や2006年3月に閣議決定された「科学技術基本計画」においても、より充実・発展させた形でポスト「21世紀COEプログラム」を実現することが必要とされている。

     早稲田大学グローバルCOE「実践的化学知」教育研究拠点が、2007年度グローバルCOEプログラム化学・材料科学分野13拠点のひとつとして採択されている。これまで多くの優れた人材を輩出してきた本学の教育研究の歴史と成果、2006年度までの5年間展開してきた21世紀COEプログラム「実践的ナノ化学」教育研究拠点(拠点リーダー:竜田邦明教授)での高評価、さらに参画いただく先生方の高い教育研究実績が評価されて、当プログラム採択に至っている。21世紀COEプログラムでは、ポスドクの若手研究者や優れた大学院生を数多く輩出し、経済的にも支援してきた。グローバルCOEプログラムでは、これら経済援助を格段に充実させ、質高い博士学位取得者数をさらに増加させ、併せて実践力を有する若手研究者の育成を進め、産学連携を強めて世界レベルの研究競争に打ち勝てる独創的な研究を推進できる拠点であることが期待されている。このような社会の期待に応えられるよう、研究グループ間の連携を密にし、既存の学内組織とも協力して「実践的化学知」教育研究拠点の充実発展に努めたい。

     当プログラムは既に2年目に入り、「研究面では英知を」「教育面では知力を」の拠点設立理念と、「学問の活用」の早稲田大学建学の精神をもとに、海外協働拠点との連携をはじめとする様々なプログラムを有効に機能させ、最高水準の教育研究の場として充実・展開しつつある(図1)。
    図1
    図1

    人材育成面では、1)博士修了者の国際水準の保証と支援体制、2) 徹底した化学英語訓練を基軸とする国際性の涵養、3)若手研究者の雇用と支援、4)実践研究の訓練、5)責任ある研究者の育成(研究倫理教育)、6)キャリアパス支援、を軸に具体的施策を進めている。例えば、軽井沢英語合宿、ミシガン大学英語上級講座+復習講座、国際シンポジウム開催、ゴードン会議スタイルの合宿型シンポジウム、External Examinerの参加による学位論文公聴会の実施、学外研究者による数多くの特別講演会開催、グリーンサステイナブルケミストリー実践演習講座講演会、など重層的にプログラムが組まれている。参加学生からのフィードバックを実施し、改善・充実にも意を用いている。今後博士課程の入学者を大きく増加させ、本学修士課程修了者を中核としつつ、国内外の他大学修士修了者、社会人を積極的に迎え入れ、質と量の両面での飛躍的拡大を目指す必要がある。今年度の博士課程キャリアパスのプログラム(文科省)に、西出宏之教授がリーダーの申請も採択され、さらに多面的な展開が可能となっている。

     研究活動計画として、1)メソ化学の展開(後述)、2)海外協働拠点の形成、3)国際的な情報発信、を重視しつつ「実践的」研究展開に最大限注力している。事業推進担当の先生方に拠点化研究、相乗的連携研究、プロトタイプ研究のプロポーザルを提出いただき、それらの採択による研究を推進中である。上記国際シンポジウムのみならず、積極的に海外へも情報発信し、21COEでの協定締結に加え、ローマ大学(伊)、北京大学(中)など海外諸大学との協定を結び、エール大学(米)、モナッシュ大学(豪)とはこの10月に3大学間の協定を結ぶ運びとなっている。また博士課程学生が数ヶ月間海外大学で研究することも数多く、帰国後の彼らの意識・意欲の向上には目を見張るものがある。
     教員の研究活動実績を如実に示す一つの指標として学協会や公的機関による表彰があるが、今年度に竜田邦明教授が藤原賞、逢坂哲弥教授が文部科学大臣表彰とうれしいニュースが続いている。筆者もこの4月に日本セラミックス協会学術賞を受賞したが、それよりも嬉しいことは、当プログラムの事業推進担当者の研究室に属する大学院生諸君が学協会の賞を多数受賞していることで、今年に限っても日本化学会優秀講演賞、日本セラミックス協会優秀論文賞など多くを数えることができる。

  2. メソスケール化学
     ここでメソスケール化学について、簡単に説明したい。「化学と工業」誌(日本化学会発行)10月号に「メソスケール化学」を文献とともに紹介しているので重複するが、簡潔に述べる。「メソ」という言葉は、様々な科学技術の分野でも使用され、多くは”middleあるいはin-between”を意味し、ミクロ(あるいはナノ)とマクロの中間領域を意味する。扱うスケールは分野によって大きく異なるが、化学では数ナノメートルを超えるところからマイクロメートル、場合によってはより大きなスケールもその範疇として扱うことができる。

     メソスケール化学(以後メソ化学と略す)は、実材料と分子レベルの学問(ナノスケール化学と呼ぶことにする)を繋ぐキーワードとして用いることができ、既存の学術分野ではカバーしきれない領域を、化学の言葉・方法論でアプローチし、学術と産業のギャップを埋め、今後の学術創成・産業創造に繋がる魅力ある学問領域と捉えることができる。In-betweenの化学は、まさに化学が主導しつつ他分野との連携を推進するもので、諸分野との協力は勿論のこと、合成―構造―物性―材料―量産―市場―デザインなど、どのインターフェースにおいても、化学サイドからの解釈が今後益々必要とされると考えている。また、化学―物理−生物の各インターフェース、サイエンスとエンジニアリングのインターフェースに創造的で新しい科学技術の芽があることが多い。化学をセントラルサイエンスとして、ナノと実用を繋ぐ融合領域を統一的に語ることが必要ではないか、と考えている。物質・材料に関わる科学を今まで以上に統合・先導していく方向を化学の力で強力に推進する必要がある。メソ化学の提案は我々がグローバルCOEの計画を申請する段階では機関としてどこも標榜するところはなかったが、その後、やはり文科省プログラムの世界トップレベル研究拠点構想において京都大学がメゾ制御を基本概念の一つにおいた計画を発表している。その意味で、メソスケール化学が広く認知される方向で進んでいることを、うれしく思っている。メソ化学を今後学術領域として定着させる上で、これまでの研究集積を踏まえつつ、それにとらわれない発想でオリジナルな研究を本拠点で展開していくことが必要である。

     演者らは、これまでメソ多孔体関連研究を進展させてきたが、多孔体分野では、IUPACによって空孔のサイズに応じてミクロ孔(2 nm以下)、メソ孔(2~50 nm)、マクロ孔(50 nm以上)と定義されている。結晶性ミクロ多孔体の代表格であるゼオライトにおいても、ゼオライトの粒径の制御や膜透過に関する知見は、当然メソスケール領域にある。メソ多孔体生成には界面活性剤などの分子集合構造が鋳型として重要な役割を果たしているが、ハーバード大WhitesidesらはMesoscale Self-Assemblyに関する総説の中で、分子レベルの自己集合概念をメソスケールに拡張することにより、二次元・三次元の方向や配向を制御した物質設計への展開とその有用性を指摘している。

     高分子共重合体のミクロ相分離を用いた材料開発も先端研究の話題のひとつである。また、メソスケール構造評価における小角散乱法の役割も非常に大きい。細胞の構造・機能の理解における化学の重貢献も、メソ化学の守備範囲ということができる。膜タンパク、酵素、レセプターなどの部品からリボソームや分子モータなど高次のアーキテクチャーにいたる種々の階層における、細胞界面の機能や代謝過程を分子・ナノレベルから理解することの重要性が指摘されており、分子の言葉を基礎に置きつつ、様々な階層を統一的に把握することが周辺領域へ波及する効果もあろう。

     メソクリスタルという言葉が知られている。これは、単に微細結晶子の集合を意味するのではなく、それらが組織的に集合し、全体として機能する。一次粒子がさらに結晶成長するのではなく、メソスケールで自己集合し、結晶学的に揃った形の高次構造体を形成することで、新たな機能発現が期待される。例えば高密度磁気記録材料開発においても、磁気微粒子の規則配列ドメインをメディアサイズへ拡大することが必要で、メソ化学概念の導入による展開が期待される。「ナノ」を「メソ」にスケールアップすることで、ナノの利点・機能を生かしつつ、ナノ材料の問題点を回避する方向の一つとしてもメソ化学は意味があるように思われる。

     階層構造がメソ化学の重要なキーワードであり、”Why Meso?”と題する総説でも、多彩な例が紹介されている。階層構造を含む複合物質設計は、我々化学者の取り組むべき一つの方向を示しているといえよう。筆者らはリソグラフィー(トップダウン技術)で形成した数百nm単位のパターン上のメソ多孔体形成(ボトムアップ技術)を報告したが、両技術の組み合わせは大きな可能性を感じさせる。

  3. おわりに
     メソ化学の学術領域創成や、国際共同研究、強力な情報発信を軸にグローバルCOEプログラムを展開し、その中で大学院、特に博士課程の充実強化に向けて本拠点に属する事業推進担当者・協力者は、今後も全力で目標達成に邁進する覚悟である。産業界とのグローバルな人材交流、社会人博士学生の積極受入、など応用化学会に期待するところ極めて大である。本プログラムへの、強力なご支援・ご協力をよろしくお願い申し上げる。



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