第11回国際バイオEXPO&国際バイオフォーラム

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「BIO tech 2012&第11回国際バイオテクノロジー展/技術会議」が4月25日から27日(金)まで東京ビッグサイト東展示棟で開催された。

昨年まで過去何回かこのHPで応用化学科の先生方の発表を取材・紹介してきたように「国際バイオEXPO&国際バイオフォーラム」の名称で開催されてきたが、本年からバイオにより特化して前述の新しい名称による開催となった。 新聞報道[科学新聞]によれば、世界的な経済情勢悪化にも拘わらず例年どおり海外企業を含めた650社が一堂に集合し、バイオ研究支援製品やサービスを一斉に展示していた。出展企業の展示ブースに加えて大学・国公立研究所によるアカデミックフォーラム、また、当該出展企業による製品・技術セミナーが開催されていた。

本年は、早稲田大学理工学術院からの展示・成果発表はなく、本技術会議のアドバイザリーコミッティの一人として参画している東京女子医科大学先端生命医科学研究所所長の岡野光夫教授(新制24回生)が座長を務めた「再生医療イノベーション 〜日本・世界の挑戦〜」と題する特別講演があり、岡野光夫先生の筑波における江崎玲於奈賞授賞式を取材し、その後の臨床試験の発展の経緯を知りたくて聴講したのでその概要を以下に報告する。

例年のごとく各発表の録音、写真やビデオ撮影が厳しく制限されたので各講演の詳しい内容は割愛してエッセンスのみを記述する。

重症心不全に対する心筋再生治療

大阪大学大学院 医学系研究科 外科学講座心臓血管外科学 教授
                                    澤 芳樹

重症心不全治療に対する取り組みを歴史的に見てみると20世紀は、心臓病の診断や治療が大きく進歩した世紀で、これまで治療不可能であった心臓病(虚血性心疾患、弁膜症、大血管、先天性心疾患)が先人たちの努力と技術の進歩・発展に伴い、その多くが治療可能となりました。しかしながら、21世紀の現在においても治療に難渋し、心臓病領域の最後の砦とされているのが、「重症心不全」です。現在、世界中で2200万人が心不全に罹患しており、心臓病が国民の死亡率のトップである米国では約570万人の心不全患者が存在し、毎年67万人の新規心不全患者が発生しているといわれています。

拡張型心筋症(dilated cardiomyopacy, DCM)や虚血性心筋症(ischemic cardiomyopacy, ICM)に代表される重症心不全においては内科的治療(ACE阻害剤、アンジオテンシン 受容体阻害薬、利尿剤、β遮断薬、強心剤、PDE阻害薬)や外科的治療によりある一定の成績を得ることができましたが、治療抵抗性の重症心不全においては心臓移植と人工心臓植込み術といった外科的治療法が残された治療手段となります。

この外科的治療に強力な武器となる再生医療技術、すなわち「ナノバイオインターフェイス設計による細胞工学シートの創生」 (http://www.waseda-oukakai.gr.jp/kaiinjouhou/jushou/images/esaki_02.pdf) および
(http://www.waseda-oukakai.gr.jp/kouryuukai/kouenkai/images/kouenkai-04/okano-lecture.pdf)
が21世紀初頭に開発され、第2回江崎玲於奈賞を受賞した東京女子科大学先端生命医科学研究所所長の岡野光夫教授らの温度応答性のインテリジェント表面を利用して同じく東京女子医科大学の清水らにより心筋細胞シートを再生医療に利用する研究が進められてきた。

大阪大学の澤 芳樹教授によれば岡野光夫教授とのコンタクトは当時の大阪大学の眼科医であった西田幸二講師(現在は東北大学教授)の角膜細胞シートの臨床応用(角膜移植)成功に関連して2002年ごろから心筋細胞シートの基礎研究がスタートしたとのことです。

さて、大阪大学における現在の重症心不全に対する治療法は右図に示すとおりである。欧米化とともに重症心不全患者は年年増加してきており外科的治療としての弁形成術、左室形成術、補助人工心臓、心臓移植に頼らざるを得ない患者も徐々に増加している。 しかし、治療費が莫大で、治療法が確立されていないものも多いのが現状である。

大阪大学における重症心不全患者に対する左室補助装置(Left Ventricular Assist Device, LVAD)の装着術は1992年から2012年初めまで183例に施行された。うち90例(49%)が最近の6年間に施行されている。東京女子医科大学では重症心不全患者は増加の一途をたどっているにもかかわらず、心臓移植ドナー数は減少傾向であるため心臓移植を最終目的とせず、一生涯LVADとともに生きていく「Destination Therapy」としてのLVAD使用が開始されています。すなわち、早稲田大学、ピッツバーグ大学、東京女子医科大学、サンメディカル技術研究所の産学共同体制のもと開発し、2011年4月に製造販売が承認された次世代型植込み式LVAD植込み手術が開始されました。

一方、大阪大学では左図のように厚生労働省の支援による研究テーマ「重症拡張型心筋症へのbridge-to transplantation/recoveryを目的とした新規治療法の開発と実践」と題する温度応答性培養皿による自己筋芽細胞シートを用いた重症心不全治療がスタートしました。

臨床試験の開始に先立ち行われた拡張型心症ハムスターを用いた治療実験の術45週後生存率は、シャムオペレーションの対照群で20.5%、筋芽細胞の培養液注射で40.9%であるの対して筋芽細胞シートを用いた場合75.6%と高い生存率を示した(下図)。 筋芽細胞培養液の注射では組織への生着率が12.5%程度で好ましい結果ではなかった。

左室補助人工心臓装着患者に対する筋芽細胞シートによる心筋再生治療は、左室補助人工心臓を装着した末期的拡張型心筋症に対し、自己筋芽細胞シートを移植することにより、細胞シート移植の安全性を検討するとともに、心機能の改善の可能性を検討することを目的とする。

エンドポイントは、本治療による有害事象の種類と発現率を検討し、本治療法における安全性を評価し、被験者の心機能の経過を観察する。

以上のようなプロトコルで大阪大学医学倫理委員会の承認(2006/09)を受けて臨床試験が開始された。2010/10現在で4例終了した段階でレスポンダーとノンレスポンダーの存在が明らかになり、次の臨床試験に進むこととなった。

次の臨床試験プロトコルは、下図に示すとおり、重症心筋症に対する自己由来細胞シート移植による新たな治療法の開発を目的とし、患者選択基準は、年齢が20歳から75歳までの拡張型心筋症あるいは虚血性心筋症を有する患者で、重症度はNYHA III以上、左室駆出率35%以下とし、主要評価項目、副次評価項目、予定例数は、以下のとおりです。



主要評価項目:有害事象の有無、種類、重症度、安全度、発現頻度および発現期間とし
副次評価項目:左室壁運動の経時変化、心拡大の経時変化、自己由来細胞シート移植術の完遂の可否
予定例数:拡張型心筋症 5例
虚血性心筋症 5例



筋芽細胞シート治療患者の一覧は下表のとおりで、当日更に2症例のエントリーが報告された。

筋芽細胞シート治療患者の一覧

この臨床試験においてもレスポンダーとノンレスポンダーが存在することが明らかとなった。レスポンダーの4例のうち3例には明らかに細胞シート貼り付けの効果が得られ、うち2例では装着していた補助人工心臓を取りはずすことができたとのことです。
なお、ノンレスポンダーにおいても血流の改善がみられた症例があった。

近い将来、この技術は、国の先端医療開発特区「スーパー特区」に選定されており上述のごとく大阪大学で臨床試験が更に継続実施される。

2012.03.15のNHKテレビや朝日新聞、日経産業新聞などの報道によれば医療機器メーカーのテルモ株式会社は、2002年から心筋の再生医療の研究に取り組み、2007年には細胞シートの開発に着手してきた。治験に使用される筋芽細胞シートは、直径5cmの円形で心臓の弱った部分に張り付け、心臓の機能を回復させる。大阪大学など3施設で治験が行われる予定。今回の心筋再生の治験を開始し、5年後の実用化を目指しているとのことです。

以上のように岡野光夫教授の開発したナノバイオインターフェイス設計による細胞工学シートの創生の技術が花開き、結実する時期が目前に迫ってきた感があります。
最後に一昔前に始まったこの研究の現在までの発展経緯を以下に示して報告を終わります。


(取材:広報委員会 相馬威宣)

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