早稲田応用化学会・第28回交流会講演会の報告(速報)

日時 :2014年12月6日(土)15:30〜17:30  
場所 :57号館 202教室  引き続き 63号館 馬車道で懇親会

講演者 :前田 哲郎氏
  • ・ 1977年3月 早稲田大学応用化学科卒業(新27回生、平田研)
  • ・ 1977年4月 電気化学工業株式会社入社
  • ・ 2000年6月 同 研究開発部長
  • ・ 2006年6月 同 取締役 電子材料事業本部長
  • ・ 2010年4月 同 代表取締役兼専務執行役員 中央研究所長、デンカ生研梶@取締役
  • ・ 2011年4月 同 代表取締役兼副社長執行役員
  • ・ 2013年4月 同 取締役(現任)、デンカ生研梶@代表取締役社長 (現任)


演題 : 『健康寿命を延ばす秘訣は治療から予防へ』
 予防は健康長寿(Smart Life)への先行投資!

― 化学会社の健康産業への挑戦 ―


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魚森交流委員長が司会を務め講演会に関する案内の後、三浦応用化学会会長の挨拶、魚森交流委員長より講師の経歴紹介に続き、教員・OB 58名、学生28名、合計86名の聴衆を対象に講演が始まった。

現在最も関心の持たれているキーワードの一つである「健康長寿、健康寿命」に関して最先端、ビジネス最前線の話題も交えてご講演頂き、引き続き質疑応答、学士諸君とのパネルディスカッションも含めて多いに盛り上がった講演会であった。


三浦応用化学会会長

魚森交流委員長

講演会場

前田 哲郎氏の講演要旨


最初に電気化学工業鰍ヘ早稲田大学と関連が深いことを紹介され聴衆の心を掴んだ。具体的には現在の社内取締役の過半数が早稲田大学出身者であり、その半数は理工学部出身者である。過去3代社長も早稲田出身者であった。また、第8代社長は現在の水野奨学金も設立に寄与していることを早稲田応化会も記憶に留め、深く感謝する必要がある。
電気化学工業鰍フ事業領域は、エラストマー・機能樹脂、インフラ・無機材料、電子・先端プロダクツ、生活・環境プロダクツの4部門で構成されている。1950年に東京芝浦電気の関連企業として設立され1979年電気化学工業鰍フグループ企業となったデンカ生研鰍ヘ生活・環境プロダクツ領域の中心企業として一翼を担っている。
デンカ生研鰍ヘ、臨床検査薬事業が2/3、ワクチン事業が1/3で構成されている。ワクチンとしては、インフルエンザHAワクチン等、臨床検査薬としては、各種感染症疾患検査薬、生活習慣病検査薬、POCT製品(インフルエンザ、ノロウイルス、RSウイルス等の迅速検査キット)が主要製品である。また国内では有数の細菌・ウイルスのライブラリも保有している。売上高はすべての領域で右肩上がりに推移している。過去10年で売上高は2.2倍となり、迅速診断キットは2.8倍、海外売上は3.4倍と伸張している。リンクして研究員は、2.2倍、研究費は、3.4倍とし、R&Dに投資し特化させている。
2013年実績では、インフルエンザ迅速診断キット(クイックナビFLU)は33%のシェアを有しており、演者からも利益率が高いとの発言もあった。また開発受託・OEM型の海外展開も推進し、世界最大の臨床検査学会であるAACCの会場でAbbott社から年間ベストサプライヤー賞も受賞している。
次に臨床検査と検査試薬事業について分かりやすく解説頂いた。我々も健康診断等で良く経験するが、採血された検体はその後自動検査システムで現在ではほぼオートマティックにパラメータが測定される。臨床検査の国内市場規模は約5000億円と言われており体外診断薬が多くの割合を占めている。同じく世界市場規模は約6兆円である。今後人口が多く、成長が望める中国市場には大いに期待している。
次に臨床検査について、その歴史や検査の現場について説明頂いた。さらに今後の医療が治療から予防に向かう様子についてその背景、現在の具体例を紹介頂いた。日本の国家財政でも医療費が増大しており、その抑制が喫緊の課題の一つとされている。そのためには病気になってから治療にお金をかけるのでなく予防の重要性が認識されてきている。厚生労働省から「健康寿命」を延ばす取り組み(Smart Life Project)が発信されている。日々予防のためのSmart Check(各種パラメータの測定)が必要であるし、生活習慣病に高額な治療費を掛けるよりワクチン投与等の予防・健康管理分野への投資シフトが重要であると認識する必要がある。
次に予防の具体例として、生活習慣病と深く関わるコレステロール検査の最新情報について紹介頂いた。HDL(善玉)、LDL(悪玉)といったコレステロールに関する情報や、最近ではその健診基準値が見直され緩和されたという情報が話題になった。演者は最新の知見としてコレステロールをサイズや密度でさらに幾つかのサブクラスに細分化したLDLの中の特定のサブクラスであるsmall dense LDL(超悪玉コレステロール)に関連するホットニュースを話題提供頂いた。分析、定量方法の概説に続き、これが心筋梗塞や脳梗塞の発生リスクを予測するリスクマーカーとして有用であり、従来のトータルLDL濃度は、これらのリスクとあまり相関しないことも分かってきた。国内で実施された大規模臨床試験結果や米国で行われた2件の臨床研究の結果を紹介頂いた。small dense LDLは冠動脈疾患の強力なリスクマーカーとなること、2型糖尿病やメタボリックシンドロームではこれが特異的に増加すること、家族性複合型高脂血症の診断効率が現行の診断基準より高いこと等が分かって来た。
次は、インフルエンザとワクチンに関する話題を講演頂いた。最初にくしゃみをすると200万もの粒子が飛散するショッキングな事実の照会から始まり、インフルエンザウィルスの感染様式や感染防御機構、増殖機構について説明頂いた。ワクチンの剤型、ワクチン接種に対する免疫応答、さらにはパンデミックインフルエンザの恐ろしさや早期封じ込め対策の重要性、インフルエンザワクチンの有用性が過去の事例とともに紹介された。さらにインフルエンザウィルス種の発生(流行)動向についての紹介の後、インフルエンザと合併症についても紹介された。具体的には、スペインインフルエンザのパンデミック時、細菌性肺炎での死亡が約98%にも上ったこと、インフルエンザと肺炎球菌重複感染で肺炎の組織は重篤化することが動物実験で確かめられていること、インフルエンザワクチンと肺炎球菌ワクチンを同時に接種すると効果があること等が示された。特に高齢者ではインフルエンザワクチンの接種率が60%を下回ると施設内流行が起こりやすい傾向にあることも示され、予防の重要性を良く理解することが出来た。
講演の最後に、医療費削減という今後の医療トレンドの中で、臨床検査のIT化の流れについて紹介された。臨床検査の世界でも小型化が進行中であり、それに伴い、大学病院や検査センターで、専門の検査技師の手で行われている臨床検査が、開業医や調剤薬局での街角検査に、さらにはウェアラブル端末を用いて、自宅で自分の健康管理を自分で行う時代が目の前に来ていることを示された。。
罹ってしまった病気の治療に専念するよりも、病気に罹るリスクを予測し、回避する努力に投資する方が幸せな老後が送れることを強調され講演が終了した。

質疑応答

講演終了後時間の制約があったが、4つの質疑応答がなされた。


Q1;認知症が増加していると思うが、検査薬等に関しては如何か。
A1;デンカ生研では癌が次のターゲットと考えており認知症に関する検討はしていない。認知症の蓄積タンパクの検出なら抗原抗体反応で出来ると考えるが、マーカーに関しては検討していない。
追加発言:糖尿病ではアルツハイマー発症や癌のリスクが高まることが報告されている。
Q2;small dense LDLの測定法は汎用化しているのか。
A2;日本では進んでいないが、米国FDAは申請予定であり、中国CFDAでも近々認可が取れそうである。 日本でも健康ドッグでは一部採用されている。
Q3;講演も明快で、会社の方針も大変明快と感じた。2点質問したい。ワクチン作成時に迅速化の観点から遺伝子組み換え技術の使用の可能性について、もう一点は診断薬開発で、簡便な試薬で今後期待できるボリュームゾーンを狙うことに関してはどのように考えているか。
A3;組織培養法で作成すると6ヵ月でワクチンをつくることができる。パンデミック時は迅速な対応が求められることとなるので厚生労働省を中心に研究は進行していると認識している。2点目の質問に関してはデンカ生研では利益率を重要視している。すなわちボリュームゾーンというよりハイエンドを狙っている。しかしボリュームゾーンに関しても安価で感度が悪い試験薬でなくもう少し工夫をして安い仕組みを創りたいと考えている。
Q4;ビジネスモデルに関して質問したい。薬局からのアプローチから考えるのか、それともメーカーからの流れなのかどちらなのか。
A4;現在印象的なのは、流通業界からメーカーへのアプローチがあるということだ。コンビニも狙っており上手くコラボ出来たら良いと考えている。

パネルディスカッション概要

前回の交流講演会で初めて実施したパネルディスカッションは好評であったので今回も「前田先輩を囲んで」と称する双方向のパネルディスカッションを学生が中心となり企画し実施した。ファシリテーターはM1山岸弘大君が務め、学生代表としてM1桜井沙織君、M1加藤幸清君、M1大庭悠輝君が登壇し自己紹介の後、演者の前田先輩を囲んでパネルディスカッションが始まった。



(学生);まずこの業界に係る質問をさせて頂きたい。講演を聞いて予防市場において海外展開を考える際は、新興国よりも先進国への進出のイメージがあるが、特有の障壁などはあるのか。
(前田先輩);先程の質疑応答でも述べたが、我々はハイエンドニッチを目指している。技術で差別化することが戦略である。当然先々、中国や東南アジアへの進出も考えているが、違う技術のプラットフォームを使うつもりである。今はハイエンドでボリュームゾーンへは備えている段階である。そこそこの感度(シンボリックにpH試験紙と称されていた)での戦いはしない。また規制に関して、確かに先進国のレギュレーションはガチガチである。しかしチャイナリスクが議論されているように、我々は透明性の高い世界の方が正々堂々と仕事が出来て好ましいと考えている。FDAでは試薬の世界にも規制を掛けてきているが、先の分からないところより安心して仕事ができる。

(学生);日本は医療費の実質負担が低いため、予防より治療が盛んだと思うのだが、制度面での世界との違い、ビジネスのやりにくさはどこにあるのか。
(前田先輩);講演では街角検診で少し触れたが、日本では処方箋が無くて検査が可能なのは、尿(血糖、タンパク)と妊娠検査だけである。一方、アメリカでは規制緩和が進んでおり、ドラッグストアでHIVの自己診断キット、父子DNA鑑定キット、薬物検査キット、母乳中のアルコール濃度の検査キット等を購入できる。日本では規制が多いし、遅れていると考えている。日本では医師会も反対の立場である。日本はOTCの世界で自由マーケットとはほど遠い状況である。

(学生);個人向けの販売の場合に、ブランディング手法はどのようなものになるのか。
(前田先輩);現在日本では検査薬は前述した例外以外は厳しく管理されている。流通も許可制で、厳しい世界である。コマーシャルもやってはいけない、MRや学会でのランチョンセミナー等ミニコミでマーケッティングをする必要がある。OTCで扱えると全くブランディングは変わっていく。

(学生);最近の話題では、富士フイィルムが抗エボラ薬で注目をされた、フィルム・カメラから化粧品医薬品へと進出している。法人(B to B)から個人へ(B to C)などの変化は売り方の違いはあるのか。
(前田先輩);B to Cには全く違う手を使う必要があると考えている。しかしB to Bでは顧客が固定される等の有利なこともある。B to Cが美味しいかというとそうでもないとの認識も持っている。

(学生);大学という場(学生)を考えて予防ということを質問させて頂きたい。予防は費用対効果が見えづらいので、購買意欲をどのように増やしていくのか。
(前田先輩);講演でも話したが、年をとると指数関数的に上昇する医療コストを下げることは喫緊の課題である。予防がマストであるという認識を共有しなければならない。その為に必要なことは、教育が一番大切と考えている。学生には教育が必要であり、社会では社員への指導が大切と考えている。皆さんは良く勉強して下さい。(笑い)

(学生);スマホは大学では生活の一部となっている。予防と結びつけるアプリの開発には他業界との連携が必要なはずだが、閉鎖的なイメージのある医療業界ならではのボトルネックはあるのか。
(前田先輩);法規制があり動きにくいことは事実である。薬事法*ではバリデーションが必要であり、ソフトウェアも規制がありフレキシブルには変えられない。しかし将来的にはアプリ開発と相まって健康パラメータをデジタル化しデータを飛ばし、家庭で医者より医療が受けられる時代が必ず来る。アメリカでは動きつつあるし、日本でもそうなる。
但し、アプリは付属であり、診断が主役である。私は心配していない。
*現在は、『医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律』

(学生);日本での進行具合はまだまだの感が強いか。
(前田先輩);いろいろと始めようとしている。あの膨大な医療費を何とかしなくてはならない。私は楽観している。

(学生);予防キットは簡便さが売りになると思うが、安いものや年代別のキット等のアプローチはあるか。
(前田先輩);考えたことがない。現在は岩盤規制をクリアすることに集中している。OTCとして認知を得る。その先の話である。 (学生);将来的にはテストマーケッティング等を生協でやって下さい。(笑い)

(学生);次に前田先輩ご自身に係ることを話題としたいと考える。健康産業の責任者であるので当然健康には気を使っておられますよね。人間ドッグでパラメータのプレッシャーもあるのではないでしょうか。
(前田先輩);当然チェックは必要である。ジムにも30年来通っている。明日も行く。今でも2000mは泳ぐ。健康管理には気を使っておりワクチンも打っている。昼食は230円のサンドイッチだけにしている。

(学生);仕事では何を意識してやっていますか。
(前田先輩);社員の声を一番意識している。また次に何が来るか先見性が必要である。外に出て多くの人の話を聞くことにしている。ジョブスもアイスホッケーを例に取り、パックがあるところでなく行くところに行くと言っている。今のマーケットでなく次のマーケットを定めることが必要であり、トップに求められるところである。

(学生);情報はどのようにとるのか。
(前田先輩);知らない人の懐に飛び込むことである。厚顔無恥にやる。後ろ向きになってはダメである。貪欲に、自分の敷居を低くすることを普段から意識している。

(学生);最後に何か学生に向けて質問をお願いする。
(前田先輩);採用面接もするが、いつもあなたは企業に何を求めるかと聞いている。安定した生活、収入、スペシャリストになること、ジェネラリストとして経営に関与すること、また自己実現、あなた方は何を求めるか。
(学生);自分は野望をさほど持っていない。安定した生活、年を取ったとき子供と幸せに暮らしたい。
(学生);安定した生活、収入も良い車も欲しい。また入社した会社をより大きくしたい。
(学生);女性であるがスケールの大きな仕事をしたい。また幸せな家庭も作りたい。
(学生);日本を背負って、世界で戦いたい。自己実現したい。

最後のセッションは学生がしどろもどろとなったが、前田先輩にはいろいろと丁寧にお答え頂き大変ありがとうございました。

講演所感

今回の講演会には、第一の関心事である健康に関する話題であり、多くのOBが参加した。残念ながら当日寒波の襲来によって参加予定されていたOBが参加出来なくなったのは残念であった。特にワクチン、予防薬関連ビジネスの経営第一線でご活躍中の演者から、日進月歩の生化学領域の最新知見を専門外の我々にも分かり易く、かつ今後の方向性も含め示唆に富むお話を拝聴出来た。またパネルディスカッションでは学生からのストレートな発言にも真剣にかつ大変丁寧に時にはユーモアを交えて対応頂いた。シニアOBはもとよりビジネスの最前線にいる若手OB、またこれから社会に出ていく学生諸君にも大変有意義な講演会となったと確信する。

<懇親会>

中川交流副委員長司会のもと、冒頭、松方主任教授から挨拶を頂き懇親会が開始され、多くの聴講者が参加した。前田哲郎氏は懇親会会場でも、質問に答えられ、賑やかな談笑の輪がいくつもでき、教員・OB・学生の絆を深めた。懇親会最後に前田哲郎氏より挨拶を頂いた後、田中徳裕学生交流副委員長の一本締め、下井副会長の挨拶で閉会となった。


講演会・懇親会のスナップ写真集は → こちら

(文責: 交流委員会、写真撮影: 広報委員会)
講演録は早稲田応用化学会報No.91 April 2015に掲載される予定です。

以上