柴田交流委員長の司会のもと、三浦応用化学会会長の挨拶、菅原教授による講師紹介の後、教員・OB ・一般108名、学生72名、合計180名(受付ベース)の聴衆を対象に講演が始まった。
柴田交流委員長 |
三浦応用化学会会長 |
菅原教授 |
濱 逸夫氏の講演要旨
今回ご出席されている方は、学生からOB、そして自分より大先輩の方々まで非常に幅広く、何をお話すれば皆さんに伝わるか正直悩んだ。そこで5つの話で構成した。どこかに興味を持って聞いていただくとありがたい、との挨拶から講演がスタートした。
1.私の話 “新たな出会いの中で何を掴み取るか?”まず、自己紹介も兼ねて、学生時代、会社での研究員時代、そしてキャリアアップのその時々に起こった人生の転機で何を吸収したかの話である。振り返ってみると、恩師平田彰先生からの数々の教えを受けた中で、「実験は嘘をつかない、そこから何を捕まえるか」という言葉が印象深く、ものごとを見る時のベースになっていると思う。
そして、ライオン油脂梶Eプロセス開発研究所に新入社員として入って最初の仕事が、講演タイトルにもある「ドラム缶転がし」。当時、反応に使う原料などが入った200kgぐらいのドラム缶を器用に転がして移動・整列させるという技を身につけた。そこから始まった研究者としてのキャリアアップの中で、プロ意識の醸成、「現場」が最強のサポーターであること、「創造の喜びと感動」、そして、竜田邦明先生のご指導のもと、博士号の取得という貴重な経験を積んだ。研究時代の様々な異体験も多様な思考の源泉となっている。
研究所を離れて事業マネジメントに移ってからは、これまでの研究とまた違った世界が開け、数字の厳しさ・事業運営の面白さにはまった感がある。様々な人やモノとの出会いの中で、何を掴み取るか、新たな出会いが人生を築いていく、「あえて今の延長線上にないことに挑戦することで、人生が思いもよらない構造物に組み立てられて行く」というサブタイトルにあるテーマを実感として語られた。
2.会社の話 “ライオンという会社のミッション”
ライオン株式会社は、1891年に小林富次郎商店として創業した。歯磨き・石鹸の製造・販売を社業としながら、口腔衛生や清潔衛生の啓発に力を入れてきた。途中、ライオン歯磨鰍ニライオン油脂鰍ノ分社化し、1980年に合併して現在のライオン鰍ニなっている(図)。社会貢献、特に口腔衛生活動では、毎年6月4日に開かれる「学童歯みがき大会」による普及・啓発活動を行い、最近は、キレイキレイの手洗い・うがい啓発活動も積極的に行っている。宣伝マーケティング活動の歴史も古く、明治31年には歯みがき楽隊広告を行い、全国を巡回した。この時、演奏した歌が日本初のCMソングと言われている。ここで、年配の方には懐かしいCM(エメロン、チャーミーグリーン、スマイル)も放映された。
ライオンは、「ものづくりメーカーとして、世界の人々にくらしと心の新たな価値を提供するアジアのリーディングカンパニー」を目指している。海外の事業拠点も東アジア・東南アジアに広がり、歯磨きのシステマ、ザクトや、皮膚洗浄剤の植物物語、キレイキレイがグローバルブランドとして展開されている。濱氏が社長になられた時に、会社の目指す姿を新経営ビジョン「Vision2020」として定めた(図)。これからの社会的変化を踏まえて2020年の目指す姿として、健康・快適・環境の提供価値領域を定め、日用品・OTC薬品・機能性食品を中心とした市場展開を通じて、「くらしとこころの価値創造企業をめざす」、「環境対応先進企業をめざす」、「挑戦・創造・学習企業をめざす」というものである。そしてお客様への約束としての企業スローガン「今日を愛する。」と、ライオンDNAビデオが紹介され、全ての企業活動にライオンのDNAが深く浸透していることが印象付けられた。
ライオン鰍フ発売している商品は数多く多岐に亘るが、その開発の裏話を交えて、いくつか商品開発のトピックスが紹介された。日本のオーラルケア意識は未だ未だ低く、今後、事業活動を通じて日本社会に“予防歯科習慣”を浸透させて行きたいとのこと。機能性食品の「ラクトフェリン」では、異常データに対する研究員の気付きが新たな発見の原点であったこと。また、お客様から寄せられた感謝の声が次の製品開発の励みになっているとのこと。
濱氏が手掛けた研究では、洗濯用濃縮液体洗剤NANOXの主洗浄基剤である脂肪酸メチルエトキシレート(MEE)の開発が語られた(図)。従来不可能であったメチルエステルへの直接EO挿入反応を実現するための反応触媒の開発から合成プロセス研究へと、そしてMEEの特長である濃縮系でもミセル溶解を維持できることなど物性解析まで先頭に立って研究陣を引っ張っていき、社内営業用の有用データ集で説得を重ねながら、濃縮液体洗剤への活用を図った。コンパクト、高洗浄、低環境負荷の大きな特長のある洗剤に仕上がり、その開発物語は漫画にもなったそうである。
その他にもライオンならではの広い研究カテゴリーのシナジーにより、「ルック防カビくん煙剤」(住居用洗剤技術×殺虫剤技術)や、「ストッパ」(薬品技術×衣料用洗剤技術)が生み出されたことが紹介された。 開発された商品の価値をしっかり知って頂く為に、近年は「暮らしのマイスター活動」にも力を入れているとのことである。
濱氏が社長になられて3年が過ぎようとしているが、会社の新しい歴史を創るとの意気込みで改革を続けている。社長の仕事を大括りにすると、@想いと戦略の浸透、A現場力の最大化、B最終責任の覚悟、の3つに尽きる。@では、世界中にライオンファンをつくることを目指した「ライオンファンづくりプロジェクト」の実行、お客様からの感謝の言葉や社長ブログによる想いを毎月発信して全社員に浸透させている。研究開発に対する想いは人一倍あり、イノベーションを目指して発破をかけ続けている。Aでは、国内外の現場を大事に、各現場に出掛けて行って社長懇談会を継続開催して、現場の生の声を聞き、同時に経営の温度感を現場に伝えることで、改革を進めている。Bでは、トレードオフの決断を常に迫られているが、自分にしかできないこととの覚悟で難題に挑み続けている。
また、ご自身の経験から、社長に必要な素養についても触れられた。一つは、「熱い心と冷静な眼」。パッションを持ってものごとに挑むこととともに、クールな観察力も同時に持つ必要がある。更に、「柔らかい頭」。過去の考え方だけで決め付けるのではなく、異なる思考を理解する懐の深さが必要。そして、周囲を動かすパワーにつながる「人の長所を見つける力」、「体力と耐力」、「信頼感、誠実な心」を例示してまとめられた。
5.皆さんへの話最後に、皆さんに贈る言葉で締めくくられた。最初に、「好奇心、感動の心、感謝の心」を挙げられた。研究・マーケティング・営業にかかわらず、すべてのイノベーションの原点は好奇心にある。さらに感動の心である「感性」がなければその好奇心を生かすことはできない。そして、周囲に対する感謝の心、これが協力者を得て、大きな組織のパワーに繋がる。2つ目の贈る言葉として、「始まりはいつもHow to Enjoy!」。人事異動などで環境が予期せぬ方向に変わる場合もあると思うが、そういう時でもHow to Enjoyという気持ちが大事。捉え方によって得られるものが変わるはず。しっかりとした準備と意識付けをして、変化を最大のチャンスにして欲しいとの想いを込めて、L・パスツールの言葉「Chance favors the prepared mind(発見のチャンスは準備された心に降り立つ)」を紹介された。
そして、好きな言葉「心が揺さぶられる数だけ人生が豊かになる」で話を結ばれた。5つの全ての話がサブタイトルである「人生は設計図のないアーキテクチャー」に凝縮された、聴衆夫々にとって大変興味深い、また活力が励起される講演会であった。
パネルディスカッション概要
今回初めての試みではあったが、「濱先輩を囲んで」と称し、濱社長と学生代表5名に登壇頂き、ご講演内容も踏まえた双方向のパネルディスカッションを学生委員が中心となり企図した。ファシリテーターはM1山岸弘大君が務め、学生代表としてM1吉野友梨君、B3齋藤杏実君、M1三枝光紀君、M1加藤幸清君が登壇した。
ファシリテーターより今回の企画の意図を説明し、各自自己紹介のあと、本日のご講演の流れに沿ってパネルディスカッションが始まった。
Q)学生時代に思い描いていた人生設計図と現在の状況との違いをお聞かせ頂きたい。
→学生時代は楽器演奏のサークルに入っていた、その時はそれに情熱を注いでおり、プロギタリストに真剣になりたいと思っていた(笑い)。
Q)今日はどのように進行するか分かりませんね(笑い)。では先輩として応用化学を勉強していて役に立った経験をお聞かせ願いたい(笑い)。
→講演より難しい(笑い)。平田研での経験が一番印象に残っている。先生からは研究以外でも一言で言えないいろいろな事を教わった。言えることは早稲田大学の応用化学科で勉強していなかったら今はないということである。
Q)私も将来研究や商品開発をしたいと考えているが、御社で女性が活躍する場面はあるのかお聞かせ頂きたい。
→ライオンでは、女性は研究分野だけでなく、マーケティングや営業そして海外でも活躍している。ライオンのように消費者に近いところを事業領域としているビジネスでは、女性の感性は大変重要だと考えている。女性の雇用のやり方が現在世の中でも議論されているが、ライオンでは育児や産休の制度を充実させてきた。子供が生まれてからも女性はライフステージ全体で活躍して欲しいと考えている。
Q)社長業と研究者とどちらが楽しいのでしょうか(笑い)。実際のところをお聞かせ頂きたい。
→社長になってさほど時間が経っていないので、まだ楽しめる状況ではない。正直申し上げて、経営としてNo2位の時が、自分の担当の中で最も楽しいかもしれない。しかし今あるのも研究の経験があるからであり、それが私のコアコンピタンスであると考えている。皆さんも自分のコアを作りながら仕事をしていくことが大切と考える。
Q)海外展開であるが、今は日本国内商品をそのまま海外に持っていても売れる時代ではないと思う。濱先輩がペンシルバニア大研修時はJapan as No.1で日本品質の優位性が際立っていたと思われるが高度成長時代ではない現在、当時外から見ておられた日本と現在中から見る日本はどのような立ち位置に変わってきたのでしょうか。
Q)これからはアフリカの時代とも言われているが、ライオンのグローバル展開、戦略に関してお聞かせ頂きたい。
→新聞記者のような質問だ(笑い)。興味はある。現実的にはアジアをまず攻略したいと考えている。アジアを起点として例えばインド、アフリカと展開して行きたいと考えている。グローバル展開、戦略としては地産地消が良いと考えているが、如何に物流に乗せるかが重要である。工場だけを作ってもダメで、ブランドを認知させ展開していく必要がある。アフリカに対してはすでに輸出ベースでは動いているがこれを着実に実施しながら考えていきたい。ダイレクトな展開は時間がかかると考えているが、いろいろな企業ともコラボレーションも行っていきたい。これ以上今は言えない(笑い)。
Q)現在はグローバル人材が求められていると思うが、グローバル展開で若い人に求める能力とは何かお聞かせ頂きたい。
→まず感じるのは、日本人は優秀であるが「お伺いの姿勢」である。優秀さにおいては皆さんのほうが優れていると思うが、海外の若い人は貪欲である。若いうちに失敗をしつつ30歳ぐらいですごく力を付けていっている。皆さんも若いうちはチャレンジして失敗して30歳代までに力を付けていって欲しい。いずれにせよ人をどのように育てるかが課題である。海外駐在はキャリアパスとしても考え若い時代に経験を積ませたい。ただし海外に行けばよいというのではない。コアを持っていない人は海外では相手にされない。コアをしっかり持ってチャレンジできる人が望ましい。
Q)商品開発のお話も聞きたい。ご講演ではラクトフェリンの例も出ていたが苦労した点に関してお聞かせ頂きたい。
→講演でも話したがラボでの発見をベースに開発したものである。苦労したことは胃で分解を防ぎ、腸で溶解するコーティングの製剤技術がキーポイントであった。また機能性商品であり、うまく消費者に伝えるためにどうマーケティングをしていくかに関しても苦労し工夫している。
Q)研究者のときできなかったことまた現在考えている新商品のイメージを教えてほしい。
→後者は企業秘密であり今話すことが出来ない(笑い)。前者に関して、商品開発はだいたい思い通りであったが、技術開発では失敗したこともある。高分子を活用して砂漠等の緑地化の技術開発にも挑戦したが、身の程知らずであった。数10平米では出来たが、砂漠での実用化は、国内では十分なテストが出来ず断念した経験がある。
Q)違う分野の研究を融合して製品を開発するのは化学の応用であり、いわば応用化学科の強みではないでしょうか。
→そのとおりである(笑い)。一般に研究者は縦割りで隣が何をしているか知らない。その弊害を防ぐため今はライオンでは居室を大部屋としている。研究者は個人で深めて行きたがり、ともすれば蛸壺に陥り易い。他人との接点があることでブレークスルーできることもある。これと同じ考え方で別の業種の他社とのコラボレーションもやっている。いろいろな情報を吸収する柔らかい頭が必要である。早稲田大学応用化学科に期待している(笑い)。
Q)商品開発に関して、作ることも売ることもブレークスルーが必要であるとのことだが、ライオンと言えば小堺一機、サイコロを思い出す。CMも講演で拝見したがナノックスの洗うというイメージは海外で違うように感じた。海外で商品のイメージをどう作っていけばよいのかお聞かせ頂きたい。
→良い質問である。商品開発にはターゲットをしっかりすること、エビデンスをしっかり持つこと、使用実感がしっかりあることが大切であり、商品そのものの競争力となる。しかしお客様へしっかり伝えることはなかなか難しい。まずお客様がトライアルで手に取り、そして再購入リピートして頂くことが必要である。後者には自信がある。前者に対してCM等でコミュニケーションをしている。人によって違う何が琴線に触れるかを研究している。お客様には、日本でも良いものを買いたい人、価格で判断する人もいる。海外と日本でも違うし、日本でも地域で異なる。コンビニ、通販等のチャネルでも異なる。国内外を含め、それぞれのチャネルで情報伝達の手段として何が最も有効であるかを日々研究している。商品、ターゲットによってはマルチメディアのCMも有効である。
Q)現役社長と同じ目線で話せる機会はめったにない(笑い)。敢てお聞きしたいが、今後10年、20年、100年、社長として成し遂げたい野望を聞きたい。
→会社として事業パワーを付けることが重要である。グローバルにメガコンペティターと戦う売上、収益性を追求したい。短期的なリストラ等で利益を得るのでなく、ライオンのDNA、ミッションを忘れずに商品を中心に人の力を結集することが重要であると考える。
Q)人づくりについて考えを聞きたい。ヒトを評価する上で外せないポイントは何かお聞かせ頂きたい(笑い)。
→私は人の長所を見ることであると考えている。どういう仕事をしてもらうか、誰と誰とを組み合わせるが重要である。それによって不器用な人も大いに自信を付けて活躍してくれる。
Q)社長でしか出来ない経験はなにかお聞かせ頂きたい。
→社長であるから世界で活躍している多くの魅力的な人と会え、話ができる。このことが私は一番素晴らしい経験であると考えている。世界の著名な人とも対等で話せるチャンスがある。
Q)社長と言えば例えばファーストフードは食べていないイメージを持っている(笑い)。消費者に近い商品を扱っているが情報収集はどうしているのか、センスをどのように磨いておられるかお聞かせ頂きたい。
→ファーストフードは食べている(笑い)。食生活は変わらない。情報は人と会い、話をよく聞くことで得ている。テレビや雑誌、映画も好きなのでなるべく見て、最近のトレンドも吸収しようとしている。
Q)最後に今回新しい試みであったが、如何でしたか(笑い)。また今後にアドバイスも頂けたら有り難い。
→自分にもM2の子供がおり、自分の子供と話しているようで少し話し難かったが楽しい企画であったと思う。今後も継続して頂ければ有難い。
総合司会の柴田交流委員長より、きわどい質問にも丁寧にご回答頂き、和やかで興味深いパネルとしてご対応頂いた濱社長に再度謝意を述べパネルディスカッションを終了した。
<懇親会>
中川交流委員司会のもと、冒頭、桐村教授の開会の挨拶、乾杯の発声を頂いたのち懇親会が開始され多くの聴講者が参加した。今回は特に学生の参加者が多く参加し、いたるところで実際の会社での生活やキャリアその他の話題で歓談し、当日多数参加頂いたライオン社員OBも含めて懇親を深めた。また演者もOB、同門、同期として精力的に歓談頂いき、教員・OB・学生それぞれとの絆を深めることが出来た。今回は特に学生、OBまた演者も含めて参加者全員満足感が得られた講演会であった。
最後演者により挨拶を頂き、下井副会長の閉会挨拶、学生交流委員の永田雅人君の一本締めで閉会となった。
(文責 交流委員会、写真 広報委員会)
以上