早稲田応用化学会・第23回交流会講演会の報告(速報)
日時 :2012年12月1日(土)15:30〜17:00 引き続き 63号館 馬車道で懇親会
場所 :57号館 201教室
講演者 :宮坂 勇一郎氏
- 1976年応化卒(新26回生、宮崎研)
- 米国MIT栄養・食品科学科、修士課程修了
- 現在 宮坂醸造株式会社 代表取締役社長
演題 :味噌は世界へ!味噌の機能と国際性について』
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河野交流委員長の本日の講演会に関する案内、下井応用化学会副会長の挨拶、演者と同期の平沢教授による略歴紹介に続き、教員・OB・OG・随行者 60名、学生33名、合計93名にのぼる多数の聴衆を対象に講演が始まった。
我々の身近な食物である味噌に関して、その歴史、効能、更には味噌の世界各地への展開を、社長みずからのご経験も踏まえて、分かり易くかつ学生へも示唆に富むお話を伺うことができた。さらに懇親会では、社長に随行頂いた社員、ご家族共々多くのOB・OGおよび学生が親しくかつ熱心に歓談をすることが出来た。
宮坂勇一郎氏の講演要旨:
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冒頭演者より、宮坂醸造は創業350周年を迎えたことが紹介され、身近な食物である味噌づくりの歴史を我々聴衆に改めて認識させた。
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現在味噌生産量は43万トンで、生味噌と即席味噌を合わせた市場規模は約1500億円である、その市場に970社のメーカーが存在している。しかしながら生産量は1972年の58万トンをピークに年間一人当たりへの米の供給量とほぼ比例して減少傾向にあり、特に2000年以降の減少は顕著である。主食としてのごはん離れが味噌消費量減少とリンクしていると考えられ、業界としても種々の努力をしているところである。
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味噌の種類としては、米味噌、麦味噌、豆味噌の3種類があり、それぞれ米、麦、大豆を原料として麹菌、酵母菌を用いて発酵過程を経て製造するが、これに「だし」などを加えると調合味噌となる。麹菌は、米をアミラーゼで液化澱粉としグルコアミラーゼでグルコースを生成し、このグルコースを利用し酒酵母がアルコール発酵をすると日本酒となる。味噌の場合は麹菌により米に加え大豆が分解され、塩と酒酵母の代わりに耐塩性酵母、乳酸菌を働かせ味噌とする。 味噌の成分は米由来の甘み、大豆由来のアミノ酸、ペプチドによるうまみ、大豆の脂肪分由来の香り、および酵母・乳酸菌が生成する香り、酸味、そして添加する塩の塩味からなる。味噌には10〜12%塩分が含まれているので微生物学的には腐らない安定した食物でもある。
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味噌の歴史をまとめてみると、中国周の時代(BC1100〜BC256)には、醤(肉と穀類の麹を混ぜ、酒を加えて発酵させて出来る液体調味料)が使われた記載が甲骨文字として認められが、文書としては、醤の必要性の記載がある孔子(BC551〜BC479)の論語が最古の物である、北魏(386〜634)の農業技術書には、大豆と麹を混ぜて醤・鼓を作る方法が記載されている。日本では、大宝律令(701)に鼓、未醤を調味料として使用していたことの記載や正倉院大日本古文書(730)には鼓、未醤を租税として徴収した記録、延喜式(編集905〜927)には未醤、未曾、味醤が月給として支払われていたという記載もある。戦国時代、武将は味噌を蛋白質源、塩源としており、武田信玄は上杉謙信との戦場への街道に味噌の増産を奨励し信州味噌の発展の原点となった。 更には即席味噌のプロトタイプも作成していた。
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「うまみ」とは、塩味、甘味、酸味、苦味につぐ第5番目の基本味で、その成分はグルタミン酸、イノシン酸とグアニル酸であり、1993年の嗅覚・味覚学会で広く認定された。 味噌汁を作るには「だし」 をとるが、使用する煮干しからイノシン酸、昆布からはグルタミン酸、削り節からはイノシン酸とグルタミン酸、そして大豆からはグルタミン酸が抽出され、このようにたくさんの「うまみ成分」が含まれている味噌汁は美味しいことも頷ける。
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味噌の機能性に関しては、元禄時代の本朝食鑑(1688年)にその効能が記載されているが、現在は味噌に含有されている、タンパク質、ビタミンB1、ビタミンB12、ビタミンE、酵素類、サポニン、トリプシンインヒビタ―、イソフラボン、レシチン、コリン、プロスタグランジンE、褐色色素、食物繊維の医学的見地からの効能が明らかにされてきている。
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対放射能機能に関しても検討がされている。動物実験においても血液中の放射性ヨード(I131)取り込みが雄雌とも味噌を摂取させるとコントロールと比べて有意に低下していた。X線照射後の小腸腺窩(せんが)の再生を味噌摂取で向上させることができる。放射線照射(8Gy)の生存率を見ても、熟成期間の長い味噌を餌として与えると生存率が高くなることが発表されている。
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味噌が高血圧の防止にも効能があるデータが出ている。具体的には食塩感受性のラットに食塩と味噌を与えた群は食塩だけを与えた群と比較して週齢に伴う収縮期血圧の上昇を抑えた。
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味噌が癌の予防にも効果があるという試験成績も報告されている。40歳から59歳の女性2万人以上を対象とした疫学的調査においても味噌汁を1日3杯以上摂取する人は1日一杯未満の人と比べると乳癌発生率が6割程度に低下する。ラットを用いた発癌物質投与による乳腺腫瘍の発生率は、コントロール群と比較して味噌およびタモキシフェン投与群、タモキシフェン(抗癌剤)投与群、味噌投与群はこの順序で発生率を低下させた。興味深いのは味噌とタモキシフェンの相乗効果も認められた点である。理由としては、豆味噌に含まれているイソフラボンの影響と考えられている。胃癌による死亡率を40歳以上の男女を対象として調査した26万人にのぼる疫学的調査においても特に男性の胃癌による死亡率を、毎日味噌汁を飲む人は、飲まない人と比較して67%程度低下させている。発癌性物質を用いた動物実験でも味噌の発癌抑制効果は認められたとの報告もある。その他大腸癌や肝臓癌に対する効果データの報告例もある。理由として味噌発酵中に生成されるメラノイジンと考えられている。
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味噌の国内消費は減少しているが、味噌の輸出量は、日本食ブームの影響も考えられるが右肩上がりで増加し1万トンを超えて推移している。宮坂醸造としても現在54ケ国に輸出しており、トップ3の市場は北米、欧州、東南アジアである。 味噌の認知度は更に上昇しており、世界各国で味噌を用いた料理が食べられている。必ずしも日本人の味覚には合わないが、現地の人々の嗜好も考慮して各々の土地で工夫して味噌は用いられている。
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日本の総人口の推移および将来推計を見てみると、19世紀末の日本を「まことに小さな国が、開花期をむかえようとしている。」と司馬遼太郎が「坂の上の雲」の冒頭で表現したが、現在我々は、「まことに大きくなった国が、衰退期をむかえようとしている。」と言える時代にいるのかもしれない。
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日本の人口や市場が減少し、拡大市場は海外であるという現実を直視し、海外を考えないと、若い皆さん、そして日本は生きていけないと考える。この意識を持つことがグローバル化の第一歩と考える。
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私は、味噌を醤油に次ぐ世界の調味料にするという夢をもって、その実現に向かって努力を継続し現在に至っている。若い皆さんがこれからの日本を作るのです。大きな夢をもって、世界へ飛び出しましょう。そして世界で稼ぎましょう。それが自分の為であり、日本のためと考えます。
質疑応答
講演終了後時間の制約があったが、3人の質疑応答がなされた。
- Q1;
癌の抑制効果と味噌の熟成日数との関係があるとのお話であったが、メラノイジンと熟成日数との関係データ等あるか。出荷と熟成との関係や賞味期限との関係を教えてほしい。
A1:
熟成日数とメラノイジンとの関係データは持っていない。味噌にはその他成分も含まれておりメラノイジンの効果だけではないと考えている。また味噌の旨味と熟成期間は別であると考えている。京都の白味噌の発酵期間は4日‐5日である。講演でも述べたが味噌は腐らないので微生物学的な消費期限はないが、味、香りが変化するという点から、半年から1年の賞味期限を設けている。
- Q2;
発がん抑制と活性酸素との関係を教えてほしい。
A2;
味噌の中には抗酸化効果を有する物質も含有されている。熟成すると抗酸化物質が増加するとも考えられるので、活性酸素を抑える効果があると思われる
- Q3;
醤油と味噌の違いに興味がある。醤油は固形物がない。固形物にどのような効果があるのか教えてほしい。
A3;
醤油はタンパク質が分解したアミノ酸とペプチドで、うまみの成分だけと考えられる。 味噌はそれらに加えて、固形物のタンパク質や食物繊維、また熟成中に生まれる発酵生成物が含まれているので、それらが講演でも述べたが、コレステロールの低下や血管の弾力性保持、脳卒中防止、大腸がんの予防等の効果があると考えている。
(文責:中川善行、河野善行 写真:広報委員会)
注)講演録は応用化学会報 春号に掲載される予定です。
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