早稲田応用化学会・第22回交流会講演会の報告(速報)
日時:2012 年10月13日(土) 15:30−17:00 引き続き63 号館馬車道で懇親会
場所:63 号館 04、05 教室
講師 :近藤晋一郎氏
- 1970 年応用化学科卒(新20 回生、城塚研)、同年王子製紙
(株)に入社
- 2009 年より 代表取締役副社長
(王子製紙(株)は2012 年10 月1日をもって王子ホールデ
ィングス(株)に社名変更)
演題 :未来を照らす伝統の「紙」ワザ
副題 :王子グループが目指す事業構造改革
河野交流委員長の本日の講演会に関する案内、河村応用化学会会長の挨拶に続き教員・OB62 名、学生50 名にのぼる合計112 名の多数の聴衆を対象に講演が始まった。
渋沢栄一の創業から140 年を経て日本の製紙業界は大きな転換点に差し掛かっているが、経営者として事業構造改革に取り組み、併せて技術者として大きな期待を持たれている新製品の開発推進を進めておられる講演の内容は大変示唆に富むものであった。以下にご講演の概要を記載する。
王子グループの歩みと現状
- 王子グループは間もなく創業から140 年をむかえる日本で最も古い株式会社であるが、今日まで、
単に伝統を守ってきたのではなく、その時代のニーズに応えるために、最新の技術を大胆に取り入れな
がら技術革新をなし遂げてきた。
- 今、日本の製紙産業は、海外新興国市場の急成長と、国内市場の成熟という環境変化にあって、
大きな曲がり角にさしかかっている。
持続可能な産業をめざして
- 王子グループは三つの循環サイクルをベースに持続可能な事業活動を行っている。
- 一つ目は「森のリサイクル」である。紙の製造は、木を育てることから始まる。王子グループは海外に日本の民間企業として最大の25 万ha の植林地を持っている(2012 年6月時点)。国内にも民間最大の19 万ha の社有林をもつ。
- 植林を計画的に行うことで持続可能な木質資源の生産ができる。植林では、バイオマーカーなどの最
新のバイオテクノロジーが事業を支えている。
王子グループの海外植林地
- 二つ目は「CO2 の循環による地球温暖化防止」である。木材からパルプを作る際に発生する廃液は
再生可能なバイオマスエネルギーとして使われている。この時に発生したCO2 は森林に吸収され、再
び紙の生産に使われる。王子の国内外の森林が吸収するCO2 は年間1000 万トンになる。また、
王子は、木質廃材やリサイクルするのに適さない古紙や廃プラスチックを固めたRPF(Refuse Paper & Plastic Fuel)などを高効率のバイオマスボイラーで燃やしてエネルギーを回収するシステムを確立し、製紙業界に普及を促進してきた。王子グループの主要会社の使用エネルギーに占め
る非化石燃料由来のエネルギーの割合は56%である。
- 三つ目は「紙のリサイクル」である。木材から生産されるパルプと共に紙の原料として欠かせないのが古
紙である。日本の古紙回収率は78%で主要な紙の生産国、消費国としてはトップである。回収さ
れた古紙は、異物を取り除かれた後に、インクを除去され、漂白されて古紙パルプとなる。古紙は、
資源保護とごみ減少の点から優れた製紙原料である。
事業構造改革の取り組み
- 海外新興国市場の成長と国内市場の縮小という環境変化を受けて、王子グループは事業構造転換を積極的に進めている。その基本となる考え方は、収益基盤強化と海外事業の拡大である。収
益基盤強化として、研究開発を強化して新事業開発、新製品開発を進めている。
- 王子のコア技術は、(1)再生可能資源である木材の利活用、と(2)様々な原料から様々な
方法でシートを作ることである。今、重点を置いている研究分野は、@バイオリファイナリー、A機能
性シート、B光学フィルム、Cメディカル製品、D再生可能エネルギー、である。これらのすべてに王子が紙やフィルム製品の製造を通して蓄積してきた技術やノウハウが使われている。
- @バイオリファイナリー分野では、パルプを製造する技術を応用して、木材からバイオエタノールを製造
する技術の開発を進めている。昨年11月にはNEDO のプロジェクトとして、新日鉄エンジニアリング、
産業技術総合研究所と一緒に、当社の広島県の呉工場にこの方式としては最大級のパイロットプラ
ントを建設し、現在実証実験を進めている。
木質系バイオエタノールパイロットプラント(呉)
- また、鳥取県の米子工場では、化学品の原料となる高純度セルロースの製造を計画中で、副生す
るヘミセルロースからは、バイオプラスチックなどの原料となるフルフラールを世界で始めて連続的に生産
する実証研究を行う。このプロジェクトは経済産業省のイノベーション拠点立地推進事業として支援
を受けている。
- 紙を構成している木材パルプ繊維は太さが30 ミクロン程度だが、この繊維はさらに細い30nm ほど
のセルロース繊維が束になったものである。この繊維はセルロース・ナノファイバーと呼ばれ、鋼鉄の5
倍の強度を持ち、石英ガラス並みの低い熱膨張率である。このセルロース・ナノファイバーの研究では、
世界中の大学や企業が激しい競争を行っている。王子はパルプ繊維を処理して、セルロース・ナノファ
イバーを製造する独自の技術を開発し、これを連続シートにすることに成功した。セルロースナノファイ
バーシートに樹脂を含浸すると熱膨張率が小さくて透明な強化シートができる。このシートは次世代
のフレキシブルディスプレイ基板への応用が期待されている。
セルロース・ナノファイバー
- A機能性シートでは、ハイブリッド自動車などに使われる2.5 ミクロン厚のコンデンサー用極薄ポリプロ
ピレンフィルムを世界で初めて商品化している。また、炭素繊維やスーパーエンプラ繊維のシート化を
鉄道車両などの高強度複合材料用に開発している。
- B光学フィルムでは、表面にナノオーダーの凹凸構造を形成したフィルムを開発し、LED 照明の点光
源を蛍光灯に近い線光源に変換するフィルムとして照明メーカーや複写機メーカーに採用されてい
る。
ナノ構造をもつ光学フィルム
- また、材料の表面にナノオーダーの突起を規則正しく形成する技術を開発し、LED や有機EL素子
の発光効率向上技術として商品化を進めている。スマートフォンには王子の研究所で開発した光学
粘着シートやハードコートフィルムが使われている。
- Cメディカル事業分野では粘着材やフィルム、不職布の加工技術を駆使して医療用の材料や化粧
品分野の新製品を開発している。また、経皮吸収などの新規な技術分野にチャレンジをしている。
- D再生可能エネルギー分野では、すでに実施しているバイオマスや水力に加えて、太陽光発電を計
画しているほか、地熱発電や水力発電を立ち上げるべく調査を進めている。
- もう一つの事業構造転換戦略である海外事業の拡大戦略として、国内トップシェアであり、米国、欧
州、アジアで事業基盤を確立している感熱記録紙事業で、新たにブラジルで生産拠点を獲得し、グ
ローバル戦略を実行している。
- また、中国をはじめとして、マレーシア、カンボジア、ベトナム、ラオス、タイなどの東南アジアの新興国で
伸びている段ボールや包装などの分野で、積極的にM&A や設備投資を進めて事業を拡大してい
る。
東南アジアにおける事業展開
-
王子グループは、経営責任の明確化と意思決定の迅速化により、事業構造転換を推進するために
この10月からホールディング制に移行した。
-
王子製紙グループを受け継ぐ王子ホールディングス社からは製紙の文字が消える。これは王子が過
去の事業形態にこだわらずに、構造改革を推進して新たな価値を生み出してゆく決意を表している。
-
新しい王子グループが力を発揮してゆくためには若い人たちのフレッシュな発想と行動力が不可欠で
あり、みなさんが思う存分、力を発揮できる場がある。
講演の最後に行われた自己紹介
学生時代、講義にはよく出席して先生の話を聞いた。そのおかげで、何かを開発する必要が生じたとき、
どの本を見ればいいのか、だれに聞けばいいのか、どこに必要なラボ設備があるのかは頭に残った。
王子製紙に入社したが、当時、紙パルプ産業は田子の浦のヘドロ問題などの公害問題で社会的に厳
しい立場に置かれていた。配属された王子の工場でも、クラフトパルプ設備からの臭気があって、対策が
必要であった。工場の排水で臭気の強いものを集めて、臭気成分を蒸留によって回収し、ボイラーで燃や
すことを提案した。
当時の会社は大らかで、入社2年目の社員の提案を採用し
てくれた。時間をもらって実験を行い、当時としてかなりの金額に
なる設備をつけさせてもらった。この開発では、設備の設計に経
験が無かったが、学生時代に頭に入れておいた蒸留の知識で、
昭和電工の研究所のラボ設備を使わせてもらったり、化学プラ
ントショーでの記憶をもとに蒸留塔の設計を行ったりした。
また、工場では系内の硫黄(S)が増えてしまい、高価な低
硫黄の重油を使用せざるを得ない状況であったが、廃液から薬品を回収するボイラーの排ガス処理設備
から、芒硝を回収し、それを精製して販売することを計画し、設備を開発した。この精製工程では豊倉先生の晶析の講義を思い起こして課題をクリアすることができた。
こうして環境対策に取り組んだが、入社7年目くらいに紙パルプの技術を勉強しなおし、パルプのプロセ
スエンジニアとして一人前になることをめざした。その後、王子の主要なパルプ工場新設のプロジェクトに参
加してきた。
これから社会に出てゆく人には、「スペシャリストとしての力をつけてもらいたい。入社後10 年間が大切な
期間である。経営幹部になっても、いくつかの専門性を持ち続けていることが今の時代には必要である」と
いうことを言っておきたい。
質疑応答
@セルロース・ナノファイバーについて
- 【質問】:セルロース・ナノファイバーが世の中に出るのはいつ頃になるか。また、その際の価格の見通しは立っているか。
【回答】:有機EL の次世代の透明基材への応用を考えているが、コストを下げないといけない。 海外
の競合他社はナノファイバーの製造に注力して、用途開発はサンプル配布でユーザーに考えてもらう方針
だが、我々は用途を考え、それに合わせた開発をしている。特に、コア技術であるシート化技術を生かして
進めている。
Aバイオエタノールについて
- 【質問】:バイオリファイナリー関連でバイオエタノールの開発の紹介があったが、開発のスケジュールはどうなっているか。
【回答】:あと2 年で呉工場のパイロットプラントでの試験を完了させ、より大規模、実用的なものにしていく。C5C6 糖化並行発酵技術の確立も近いところまできている。
将来的には、原料となる林地残材が発生する海外の植林地に隣接してプラントを建設することを考えているが、その前段階として国内工場にプラントを設置することも考える。
B新事業の今後の見通しについて
- 【質問】:研究開発の人数配分から、新事業に力を入れているように見受けられるが、今後10 年でどの程度の売上規模を念頭に置いているか。
【回答】:4 つの主なカンパニーのうちで、機能材カンパニーが全売上の30〜40%になることを目指している。
C国内工場の位置づけについて
- 【質問】:工場を海外移転する会社が多い中、国内での工場の位置づけをどのように考えているか。また、
王子としては国内工場をどのように維持管理していく予定か。
【回答】:国内の洋紙事業は技術的に差をつけにくく、中国から輸入品が入ってくるため厳しい。しかし、キャッシュは回っていることから、今後は洋紙事業を縮小しながら新事業を付加し、地域の雇用をどのように守っていくかが課題となる。事業構造転換では、東アジアでの展開と機能材関連の新製品開発を同時併行で進めてゆく必要がある。M&A を行う場合、単にお金で買うということではなく、新たな価値を生むことを考えないと意味がないと考えている。
講演所感
当初タイトルの中にある伝統の「紙」ワザとは何であろうかと興味を持っていたが、同社のコア技術である
(1)木材の利活用と(2)さまざまな原料をシート化する技術のことであった。
それはまた、ナノオーダーの制御を可能にした技術で、まさに神技(かみわざ)であり激しい競争のなかでも他社との差異化技術になるであろう。最後に自己紹介という自己の体験に基づいて熱く学生に語られた「スペシャリストとしての力をつけてもらいたい。入社後10 年間が大切な期間である。経営幹部になっても、いくつかの専門性を持ち続けていることが今の時代には必要である」という部分が近藤副社長講演の最大のポイントであった。
<懇親会>
中川副委員長の司会のもと、冒頭、桐村主任教授から開会の挨拶、乾杯のご発声を頂き懇親会が開始され93 名の聴講者が参加した。演者は精力的に会場をまわり、また当日参加した王子グループ
の若手から研究所の幹部まで7名が加わり懇親会は賑やかな談笑の輪がいくつもでき、教員・OB・学
生の絆を深めた。最後に近藤晋一郎氏の挨拶、下井副会長の閉会に当たっての挨拶、学生委員の薮
田宗克君の一本締めで閉会となった。
(文責:中川善行、河野善行 写真:広報委員会)
懇親会スナップ写真集は → こちら