早稲田応用化学会・第18回交流会講演会の報告(速報)
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日時 :2011年7月16日(土)15:30〜17:00 引き続き 理工カフェテリアで懇親会
場所:57号館201教室
演題 :『がんとボケは予防する時代』 −発症の原理と科学的事実に基づいた対処法−
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講師 :中谷一泰氏
- 1963年早稲田大学第一理工学部応用化学科卒業(新13回生、鈴木研)、東京工業大学大学院博士課程修了、昭和大学、新潟薬科大学、シカゴ大学、ロックフェラー大学で、癌細胞、抗癌・癌予防剤や神経に関する研究を約35年間行い、約180の研究論文を発表。
- 著書に「生命現象の化学」(講談社)、「生化学の理論」(三共出版)、「NEW生化学」(広川書店)、「がん予防時代」(西村書店)など。監訳書に「カラー生化学」(西村書店)
- 現在、横浜薬科大学教授、昭和大学名誉教授、新潟薬科大学名誉教授、理学博士
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下井交流委員長が司会を務め講演会に関する案内の後、河村応用化学会会長の挨拶、同門先輩にあたる下井交流委員長より講師の経歴、受賞歴紹介に続き、教員・OB 45名、学生25名、合計70名の聴衆を対象に講演が始まった。現在最も関心の持たれている課題の一つである首題に対して質疑応答も含めて多いに盛り上がった講演会であった。
中谷一泰氏の講演要旨
- この半世紀、本領域では、がん発生のメカニズムの解明や画期的な抗癌薬剤の開発がなされてきたが、第一線で研究を継続されてきた演者が、歴史に名を残した研究者との共同研究のエピソードもちりばめ、本領域の科学史に沿った現在までの学問・技術進展の概要が示された。第一人者が研究者の立場から専門外の聴衆にも分かりやすく、かつ今後がんやボケを防ぐ生活の示唆も含めた我々への有益な啓蒙の講演会であった。
- 演者の35年間にわたる研究生活の端緒となった東工大柴田和雄教授の人となりの紹介から講演は開始された。現在、生化学は大いに発展し、新しい知見や原理・原則の解明が加速度的に増大しており、研究者数も多く学生にも人気のある学問分野の一つであるが、演者が研究生活に入られた当時は有機化学が主体であった。恩師である柴田教授の先見の明に関しても改めて敬意を表された。
- 講演は以下の順番で行われた。@がんとは何か? Aどうしてがんになるのか Bがんの特効薬の登場 Cがん治療法の進歩 D実行可能ながんの予防法 E放射能とがん Fがんが予防できれば、ボケも予防できる
- 「がんとは何か?」のセッションでは、男性では2人に1人、女性では3人に1人ががんと診断され、3人に1人ががんで死亡する時代となっているとの統計結果を示された。正常細胞と比較して、がん細胞は無限に細胞分裂出来る特性を有していることを示された。
- 「どうしてがんになるのか」のセッションでは、がんは50歳から急増すること、年齢とがんによる死亡者数の両対数プロットが直線になることより複数の原因ががん発症に関与していることが統計的考察より結論されること、原因として寄与率の高いものとしてはタバコ30%、食事30%が報告されていることが示された。
- ニワトリのラウス肉腫を例に、ウィルスによるがん発症の仕組みを解説頂いた。花房秀三郎教授は、v-srcががんを作る遺伝子であることを初めて明らかにしたこと、これが転写、翻訳されチロシンをリン酸化する酵素が作られること、そのチロシンキナーゼが活性化して細胞がトランスフォーメーション(がん化)することを解説された。
- 同様にヒトの慢性骨髄性白血病発症のメカニズムについては、特有な染色体異常が観察されるが、それは二つの遺伝子の融合が起きており、その結果あるチロシンキナーゼが活性化されていることが示された。
- 人間には、がん遺伝子(アクセル役; ras、Abl等)、がん抑制遺伝子(ブレーキ;P53、Rb等)がそれぞれ100〜200種類見つかってきており、それら遺伝子の変異がいくつか起こってがんが発症することが分かってきている。
- 1915年市川、山極は、ウサギの耳に250日間コールタール(発がん物質ジベンズアントラセンを含む)を塗り続け耳にがんを発生させることに成功したが、ヒトのがんの約6割は化学物質によると考えられる。また、発がん物質に続いてプロモーターと呼ばれる発がん促進物質(タバコの煙、男性ホルモン、女性ホルモン等)が作用すると発がんが起こりやすくなることを示された。
- 「がんの特効薬の登場」のセッションでは、従来の増殖速度が速い細胞を殺す抗がん剤(副作用が大きく、延命効果はあるが治療効果は高くない)に比べて完全寛解率も高い、ヒト白血病細胞を分化誘導させるレチノイン酸の画期的な効果が1988年に実証されたことを紹介された。
- 「がん治療法の進歩」のセッションでは、ここ10年間の進歩が概説された。放射線療法、外科療法、化学治療が進展し、生存率も飛躍的にアップした。合わせて、PET、ヘリカルCT、マンモグラフィー等の検査法の進歩も顕著である。 また先端医療としてがん免疫療法も登場してきている。
- なによりも重要なこととして演者が強調されたことは、早期発見、早期治療であり、その根拠として種々の統計的データも示された。
- 「実行可能ながんの予防法」のセッションでは、 野菜を摂取することの重要性や、肉類より魚類がリスクを避ける効果があること、適度な運動も良いことが紹介された。反対に過度のお酒や塩分や肥満はがんの発生を助長すること、慢性的な炎症を起こすような生活習慣はさけることが推奨された。
- 「放射能とがん」のセッションでは、チェルノブイリと福島原発事故との比較や放射能のヒトに及ぼす影響を急性被爆と慢性被爆それぞれに対して示された。
- 「がんが予防できれば、ボケも予防できる」のセッションでは、その症状や種類と患者の割合、70歳をすぎると患者は急増することが示された。またアルツハイマー病、パーキンソン病、脳血管型認知症の原因についても、演者の教室の成果も含めて概説された。
- ボケの予防法についてもまとめて示して頂いた。がんとボケに影響を与える生活習慣の相同性についても強調された。
- 秦の始皇帝の時代から不老不死について探求されているが、最近の間違った報道の例も挙げ、自分の身を守るには科学的に物事を考えて判断する重要性について最後に強調され講演を終了した。
質疑応答講演終了後時間の制約があったが、2つの質疑応答がなされた。
- Q1;がん細胞は増殖が速く強いイメージを有するが、単独で生きることができるか。身近で肝臓がんでポックリと逝った仲間がいるが、がん一般では如何か。
A1:がん細胞は体外に出せば生きていけない。外から栄養を供給する必要である。人間個人が自分自身で飼っているようなものである。がんの病態であるが、若い人は辛いし、一般にも苦しむ人が多いのが現状である。
- Q2;講演で、発がん物質や発がん促進物質を避ける重要性は良く理解できたが、促進物質のなかには、食塩や男性ホルモンや女性ホルモン、胆汁酸のようにさけることが出来ない物質もある。また化学反応では濃度が寄与することが多々あるが発がんへの濃度の影響は如何か。
A2;発がん促進物質の中には確かに生体が分泌しているどうしようもないものもあるのは事実であるが、避けられるものは避けることが重要で、発がん物質を避けることは一義的に重要である。また発がんに及ぼす影響として食事が30%であるが、予防に効果があるものを摂取することも重要である。
講演所感
今回の講演会には、第一の関心事である健康に関する話題であり、多くのOBが参加した。長らく第一線でご研究を続けてこられた先生から、日進月歩の生化学領域の最新知見を専門外の我々にも分かり易くかつ今後の方向性も含め示唆に富むお話を拝聴出来た。また今回のテーマの領域に限らず、情報化社会である現在において多くの情報を科学的に十分に吟味して活用する重要性も卑近な例を示して強調されたことも印象に残った。
<懇親会>
中川交流委員司会のもと、冒頭、平林副会長、菅原教授から挨拶を頂き懇親会が開始され、多くの聴講者が参加した。新しい試みであったが、中谷氏は懇親会会場でも中川交流委員の司会のもと、質問応答に答えられ。懇親会場においても賑やかな談笑の輪がいくつもでき、教員・OB・学生の絆を深めた。水本学生交流会長の一本締め、下井交流委員長の挨拶で閉会となった。
(文責:中川善行、河野善行、写真撮影:広報委員会)
注)講演録は応用化学会報秋号(2011年)に掲載される予定です。
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