第9回 交流講演会報告 講演者:長谷川悦雄

講演する長谷川氏
  • 講演者:長谷川悦雄
  • 演題:「先端半導体レジスト用材料の開発と全国発明表彰受賞」
  • 日時:2008年3月18日(火)17:00〜18:30 懇親会18:30〜20:00
  • 場所:大久保キャンパス 55号館1階 大会議室
  • 略歴:新23回生  
    • 1978年 早稲田大学大学院理工学研究科 博士課程修了(土田研)、工学博士
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    • 1991年 日本電気(株)入社 機能エレクトロニクス研究所
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    • 1994年 同社同研究所 有機機能材料研究部長
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    • 2007年 同社ナノエレクトロニクス研究所 シニアエキスパート
  • 受賞:
       
    • 1998年 Photopolymer Science and Technology Aword
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    • 2006年 平成18年度関東地方発明表彰 神奈川県知事賞
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    • 2007年 平成19年度全国発明表彰 日本経済団体連合会会長発明賞
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    • 2008年 平成19年度日本化学会表彰 第56回化学技術賞
  • 編著書  
    • 「有機エレクトロニクス」 轄H業調査会刊(2005.6)
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    • 「ナノ有機エレクトロニクス」 轄H業調査会刊(2008.4)


  1. 半導体におけるトランジスター集積度の進歩と製造過程で使用されるレジスト   開発の必要性

    イ) 半導体の進歩

     半導体市場は年々拡大しており2007年にはWWで28兆円規模になって、2008年には30兆円に近づくものと予想されている。またその技術進歩もめざましく様々なテクノロジー革命により半導体チップの集積度は年々微細化がなされてきた。即ち、米国INTEL社の設立者の1人であるゴードン・ムーアによって提唱された有名なムーアの法則「半導体チップに集積されるトランジスターの数は約2年毎に倍増する」が現実となって、1970年には1チップ上のトランジスターが数千個であったものが2006年には10億個にも達している。このためトランジスターの回路寸法は代表的半導体であるDRAMにおいて1980年ごろは1μm程度であったが年々微細化がすすみ2010年には50nm以下にまで微細化がすすむと考えられている。

    ロ) 微細化に要求される回路形成用露光装置とレジスト

     半導体製造工程において回路形成のための露光装置と感光性レジストは極めて重要である。最先端半導体量産用の露光光としては1980年代は水銀灯のg線(波長436nm)が主力であったがi線(365nm)に変わり、1990年代始めにはKrFエキシマレーザー(248nm)が使用された。2000年頃には更なる短波長が必要とさた。この要求に応えるため、1990年頃からArFエキシマレーザー(193nm)露光システムの開発がはじまり現在に至っている。当然のことながら、露光波長が変わるごとに使用される露光用レジストも大きく変化してきた。レジスト材料に要求される特性としては微細なパターンを解像できる高解像性、露光時の生産性を確保できる高感度、更には露光後の現像、エッチングにたいする耐性がある。g線、i線用にはノボラック樹脂がベースとして使われたが、KrFレーザーに移行するにともないPVP樹脂(ポリ(p-ヒドロキシスチレン))へ変わり、更にArFエキシマレーザーに対応すべく新たなレジスト材の開発が望まれて本開発のスタートとなった。

    ハ) ArF用レジストの開発は化学メーカーではなく半導体メーカーが担った。

     市場規模30兆円の半導体における微細回路形成は、市場規模800億円のレジストで支えられている。また半導体製造に使用するレジストは世界シェアーの90%以上を日本企業が供給しており、現在半導体生産の主力である韓国、台湾では殆ど製造されていない。1990年頃においては、10年後に使用されるか否かが明確でない次世代レジスト開発のリスクは極めて高く、研究開発投資の体力があり、必要性を最も感じていた半導体メーカーが開発を行ってきた。開発開始当時はNECは世界トップクラスの半導体メーカーであり、開発投資を行う余裕があった。

  2. NECでの先端レジスト開発 イ) レジスト開発のスタートと業界との関係

     当時、NECでは半導体リソグラフィー関連技術の開発を中央研究所で行っていた。次世代光源としてArFエキシマレーザーの開発に取り組んでいたが、レジスト開発部門はなかった。1989年頃に設立された新研究部(有機機能材料研究部)の中に1991年頃にレジスト研究チームが設置され、ArFレジストの開発が始まった。毎年化学系専攻の新入社員を採用して、私をリーダーとして数名のグループでスタートした。なお当時は富士通、東芝、松下、日立、IBMなどもArFエキシマレーザー用レジストの開発に取り組んでおり、これらの企業はレジスト開発経験が豊富であり、開発競争は厳しいものであった。幸いであったのは各社が具体的な化学構造式を開示しつつ研究成果を学会で競って発表し、議論できたことであった。「他社のアイデアが分かっても真似はしない」と言う良きライバル関係が維持されていた。

    ロ) 研究開始にあたってリーダーとしての基本方針

     自分はかねがね企業研究者に求められる資質は創造性(Creativity)の発揮と考えており、新産業技術創生の成果を知財権(Intellectual Property Rights)として確保し企業利益を生み出す根源とすることが最も重要であると考えている(もちろん地球環境に対し配慮した技術開発が前提である)。今回のArFレジスト開発においては:

    • 研究の事業成果は10年後でないと出ないテーマであったので、10年計画で推進する。
    • 独自のアイデアによる研究段階の展開をはかる(リーダーの有機機能材料についての設計力の利用、積極的な学会発表による若手研究者の育成)。
    • 研究の成果は特許出願を中心にする(最終的な研究者の財産は特許である。)
    • 強力な社内他部門を利用して他社との連携をはかる(世界的な専業メーカーの試作ArF露光機の利用が可能となり、開発レジストの評価が優位に実施出来た)。

    ハ) 研究の成果

    1. i線用レジスト材として使用されていたノボラック樹脂やKrFレーザー用PVP樹脂などのフェノール系樹脂は芳香環によるArFレーザー光の吸収がつよく不透明になり使えない。そのためArFレーザー光にたいして高透明性があり、なおかつ露光後のエッチング時に耐性が高い脂環型樹脂の利用が考えられていた。
    2. この脂環型アクリル樹脂は脂環基含有率が50mol%以下のためエッチング時の耐性が不十分、現像時の疎水性が高すぎる、基板への吸着性が不十分等の欠点があり、分子設計をし直す必要があった。そこで次の設計指針のもとに機能統合型樹脂の合成をめざした。即ち
      • 脂環基(エッチング耐性、ArFレーザー光に対する透明性)と極 性基(解像性、基板との密着性)を併せ持つ機能統合型化学構造とす
      • る。
      • 重合が容易なアクリル骨格とする。
      • 量産性(原料コスト、精製が容易)を配慮した分子構造とする。
      その結果、脂環基含有率100mol%をもった機能統合型のカルボキシ型 樹脂の設計に成功した。
  3. カルボキシ型脂環樹脂
    カルボキシ型脂環樹脂(クリックで拡大)

    これによりエッチング耐性の改善がはかられたが更なる改良(現像液との親和性を高める)が必要であり最終的に脂環ラクトン骨格をもった樹脂に到達した(NECラクトンモノマー/樹脂)。この脂環ラクトン構造を有する樹脂を用いたレジストの特性は満足すべきもので、高コントラスト、高感度、高解像性、高密着性、高エッチング耐性が得られた。また解像性ではライン・アンド・スペースパターンだけでなくコンタクトホールパターン(半導体製造において重要視される)の場合でも高性能を示した。またこの脂環ラクトン材料は量産性、製造の容易性、コスト面で優れていた。

    脂環ラクトン骨格樹脂
    脂環ラクトン骨格樹脂(クリックで拡大)

    モノマーの合成ルートは次のとおりであるが原料のヂシクロペンタジエンは石油の生成過程で得られ安価であり、また中間体、最終生成物の精製は容易である。このため現在脂環ラクトン材料は量産化され世界中の半導体メーカーの最先端(90nm以下)の半導体製造工程で使用されている。

    合成ルート
    モノマー合成ルート(クリックで拡大)
  4. 知的財産権の確保と表彰

     オリジナリティ性の高い分子構造をもったArF露光用レジスト樹脂の特許を 1998年7月3日に出願し、拒絶査定なしに2000年3月10日に成立した。発明の名称は「ラクトン構造を有する(メタ)アクリレーと誘導体、重合体、フオトレジスト組成物、およびパターン形成方法」で、特許範囲は「脂環ラクトン構造単位を有する(メタ)アクリルモノマー、ポリマー、それらを用いたレジスト、およびこのレジストとエキシマレーザーを用いた微細加工方法」である。この半導体用レジストの開発と実用化により

    • 2006年:平成18年度関東地方発明表彰、神奈川県知事賞
    • 2007年:平成19年度全国発明表彰 日本経済連合会会長発明賞
    • 2008年:平成19年度日本化学会表彰 第56回化学技術賞 
      の各賞を受けた。

     学会発表については研究開発中の1992年〜2001年に 国内学会で22件、海外学会において18件の講演発表を行った。また企業の研究者にとっては学術論文を書くことは容易ではないが、研究チームの3名が本開発に関連した内容で博士号を取得した。

  5. 今後の半導体リソグラフィー技術の展望

     現状のArFエキシマレーザーとNECラクトンレジストの組み合わせによる 最先端の加工技術で解像度65nmまでは量産が進んでいる。更なる微細化に向けて新たな技術の開発が必要になっており、液浸リソグラフィーが有望であ る。これは露光レンズとレジストの間に液体(既存の通常露光は空気・不活性気体)を用いることにより分解能を向上させるもので、既に各社が開発中であり45nm,32nm(INTEL社は22nm)までは解像可能の見込みである。また露光光源として極紫外線(波長13.5nm)の利用が提唱されているが解決すべき課題が非常に多い。いずれにしても、過去には解決が非常に難しいと考えられていたことも革新的な技術開発により乗り越えて微細化が実現してきた。今後も同様に進んでゆくものと確信している。

  6. 最後に

     「ArFレジスト開発という先端技術課題に取り組み、成果(実用化、デファクト)を得、世界の先端技術に貢献した」と各方面から高い評価を戴いたことは大変光栄である。この研究成果を含め、十数年の期間に私がNECで行ってきた成果をまとめ、2005年に「有機エレクトロニクス」を轄H業調査会から出版した。更にその「ナノテク版」として「ナノ有機エレクトロニクス」を刊行予定である(その後、2008年4月に発行済み)であり、ご興味あれば一読戴きたい。
     また、本ArFレジスト研究に際しご指導、ご支援戴いた溝口勝大博士(元NEC機能エレクトロニクス研究所部長、現九州工業大学客員教授)、笠間邦彦博士(NECエレクトロニクス株式会社 シニアプロフェッショナル)両氏に心から感謝いたします。


質疑応答:(質問)レジスト材料の開発が大幅に進歩する中で、半導体のステップアンドリピート技術向上は追従できるか。 (応答)過去から現在にいたるまで、レジストなど材料が進歩すれば、ステップアンドリピートの技術も進歩してきた。これからもそうであると信じている。


懇親会:木野教授の名調子の挨拶にてキックオフ。講演者長谷川悦雄氏は多くの学生諸君及び社会人OBの質問攻めとなり、和やかに懇親は深められた。学生 平良知君の元気の良い中締めで終えた。


講演会と懇親会写真(クリックで拡大)
講演会木野教授の挨拶
歓談1歓談2
歓談3平良知君の元気の良い中締め