竜田邦明教授最終講義(2011-03-11)「101の天然生理活性物質の全合成―知の創出」速報

 早稲田大学理工学術院先進理工学部応用化学科 竜田邦明教授は、平成23年3月11日(金)午後1時から本学大隈大講堂において満員の聴衆を前に「101の天然生理活性物質の全合成―知の創出」と題する演題で『最終講義』を行いましたので速報として以下に記載します大隈講堂
なお、本最終講義の内容は、大学によりビデオ収録されておりますので2011年7月以降本学中央図書館AVルームで視聴可能となります。

 定刻、清水功雄教授の司会で開会、応用化学科主任の菅原義之教授により竜田邦明教授のご略歴、ご功績並びに受賞歴(下図参照)が紹介されたのち、最終講義が開始されました。

竜田教授  世界を代表する合成化学者である先生は、『全ては全合成から始まる』を基本概念としてこれまでに101の天然生理活性物質(うち93は世界最初、糖質を原料に用いた全合成60)の全合成を完成しました。先生ご自身が独自に開拓した新規有機合成反応(後述)を用い、化合物の特性(くせ)を巧みに応用して芸術的、かつ、華麗に全合成を成し遂げられましたが、そのご苦労の状況を詳しく解説されました。

 平成21年6月天皇皇后両陛下の御前で本学理工系では最初の日本学士院賞を受賞された感激を新たに、ご自身の研究が凝縮されている受賞演題『糖質を用いる多様な天然生理活性物質の全合成』の内容を中心に解説されました。

 すなわち、全合成とは最小単位の原料から天然物を化学合成することと定義され、特に、立体配置が確定しているグルコースやグルコサミンなどの糖質を不斉炭素源に選び、目的の天然生理活性物質のみを合成する立体特異的合成法を開拓して、4大抗生物質群(Aminoglycoside系、β-Lactam系、Macrolide系、Tetracycline系)を含む多様な天然生理活性物質の全合成を行い、構造を確定するとともに精密な構造―活性相関を究明して最小単位の活性部位を見出(活性の分離)しながら有用物質の分子デザインから抗菌薬、制がん剤、抗糖尿病薬、酵素阻害薬、神経作用物質などの医薬品の創製および工業的合成法を開発されました。

 新しく開発した有機合成技術としては『6員環のピラノース環を1工程で5員環のフラノース環に変換する糖質骨格転位反応をはじめとする骨格転移反応』、『グリコシル化』、『糖質のニトリルオキシドとオレフィンとの分子内[3+2]付加環化反応』および『糖質などに多く存在する水酸基の新しい保護基としてジエチルイソプロピルシリル基を導入する新しい試薬』を用いた全合成についても詳細に解説された。

 著名な先人たちが達成できなかった『 (-) - Tetracyclineの全合成』については発想の転換とこれまで困難とされてきた3級水酸基の導入法や4環式構造の構築法を開発して、1950年発見以来50年後に上述のご自身の有機合成技術を総動員して12年間の苦闘の末、完成したことは今後も末永く特筆される偉業であると考えられる。
 上の天然物の全合成について更に詳しく知りたい方には『天然物の全合成 ―華麗な戦略と方法―』(朝倉書店)\5,880(税込)が良い参考になる旨のご親切な説明がありましたので補足しておきます。

 合成した101の天然生理活性物質の構造式一覧が映し出され、No.1からNo.38までが慶應義塾大学(28年間)で、No.39からNo.101の63種が早稲田大学(19年間)で完成し、1年当たりの全合成数が早稲田大学に来てから約3倍になったのは経験の蓄積もさることながら、研究に集中させていただいた証であり、振り返れば全合成の目標として選択した天然物が自分にとって最善であったことがこの成果に結びついたのではないかと自負している旨の発言も交えて、多くの重要な方法論についても解りやすく解説されました。

 講演後半には福沢諭吉先生の『学問のすすめ』、大隈重信先生の『早稲田大学教旨』を手本にして、ご自身が全合成から学んだ哲学(国際的研究者の信条)を『知識を知恵に』と題して語られました。

 すなわち、ご自身の数多くの海外経験から修得した英語、社会性、科学知識、IT等の知識に加えて文化、芸術、食文化、宗教などの教養を高めたうえで自分なりに咀嚼して独自の知恵に変えて世界を意識して行動することによって国際的なリーダーとなる道が開けるであろう。仕事は必ず完成するので初めの目標設定が極めて大切で、目標からの逆算が大事である旨、激震(注)による2度の講演中断にもめげず堂々と熱く語られた姿は、満員の聴衆に新たな感動を与えたことは間違いないと思います。

竜田教授  終わりに、先生は、「振り返ってみますと順調であったともいえます。研究だけに集中させていただきましたし、お陰さまで101の天然生理活性物質の全合成ができました。数はともかくとして一つひとつの完成でいろいろな人のお世話になりましたし、逆に、その人たちの導きにも繋がったと思います。ひとに生かされ、ひとと共に生きた70年でありました。皆様に感謝いたします。有難うございました。」と謝辞を述べられました。




 先生は、平成23年3月末日に定年退職を迎えられました。現在、日本化学会副会長を務められるなか本年4月に早稲田大学に初めて設けられる称号『栄誉フェロー』第一号として早稲田大学に在籍され、化学の重要性と有用性を広く一般に伝えるために尽力されています。

(文と写真;広報委員会 相馬威宣)



記念会
最終講義後にリーガーロイヤルホテル東京で開催された記念会の様子
(画像をクリックすると拡大表示されます)


    略 歴
  • 1940年12月1日誕生
  • 1959年 追手門学院高等学校卒業
  • 1963年 慶應義塾大学工学部応用化学科卒業
  • 1968年 慶應義塾大学大学院博士課程修了(工学博士)
  • 1968年 武田薬品工業株式会社中央研究所研究員
  • 1969年 慶應義塾大学工学部助手
  • 1973年 慶應義塾大学工学部専任講師
  • 1973年 米国Harvard大学博士研究員
  • 1977年 慶應義塾大学工学部助教授
  • 1985年 慶應義塾大学理工学部教授
  • 1988年 英国Cambridge大学客員教授
  • 1993年 早稲田大学大学院理工学研究所客員教授
  • 1994年 仏国Paris VI大学客員教授
  • 1997年 早稲田大学理工学部応用化学科教授
  • 2002年 文部科学省21世紀COE実践的ナノ化学教育研究拠点リーダー
  • 2004年 科学技術振興機構技術主監
  • 2004年 早稲田大学大学院理工学研究科長
    (生命医科学科の設立に多大の貢献)
  • 2006年 英国Oxford大学客員教授
  • 2006年 早稲田大学高等研究所初代所長
  • 2007年 早稲田大学理工学術院教授
  • 2010年 日本化学会副会長(〜現在)
  • 2010年 国際化学オリンピックの科学委員長
  • 2010年 追手門学院長(〜現在)
  • 2010年 早稲田大学高等研究所顧問(〜現在)
  • 2011年 早稲田大学栄誉フェロー(〜現在)
  • 2011年 早稲田大学名誉教授(〜現在)
    受賞歴
  • 1983年 服部報公賞
    (16員環マクロライド抗生物質の全合成)
  • 1986年 日本化学会学術賞
    (有用な抗生物質の合成的研究と開発)
  • 1988年 日本抗生物質学術協議会住木・梅澤賞
    (抗生物質の全合成と新規誘導体の開発)
  • 1991年 大河内記念賞
    (抗腫よう剤ピラルビシンの開発)
  • 1998年 有機合成化学協会賞
    (有用な生理活性物質の全合成と開発)
  • 2001年 日本化学会賞
    (多様な天然生理活性物質の実践的全合成と活性発現機構の解明)
  • 2002年 紫綬褒章
    (有機合成化学研究)
  • 2008年 第49回藤原賞
    (多様な天然生理活性物質の全合成と創薬研究)
  • 2008年 大隈記念学術褒賞
    (多様な天然生理活性物質の全合成と活性発現機構の解明)
  • 2009年 第99回日本学士院賞
    (糖質を用いる多様な天然生理活性物質の全合成)
  • 2011年 早稲田大学栄誉フェロー

午後2時46分 日本観測史上最大のマグニチュード(9.0)の東北地方太平洋沖地震の本震、午後3時6分ごろの大きな余震、により大隈講堂が大揺れでかなりの聴衆は、危険回避のため屋外に避難しました。その後、繰り返し余震が続きましたが、予定どおり最終講義を完了されました。その後に発生した大津波による現地の惨状は報道されているとおりです。被災された方々には心からお見舞い申しあげます。