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早稲田応用化学会 交流委員会主催 第36回交流会講演会

2021年7月3日(土)15:00~16:30 (Zoomによるリモート開催)

講演者 上沼敏彦氏  ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社
    NA事業部 カスタムバイオテック部 部長
演題 『COVID-19の現状と対策』
副題 「COVID-19にいかに立ち向かうか」

講演者 上沼敏彦氏

講演者略歴

1986年3月 早稲田大学 大学院 理工学研究科 応用化学専攻(宇佐美研究室)修了
1986年4月 株式会社 資生堂 基礎科学研究所
1989年1月 同社 ライフサイエンス研究所
1990-91年  東北大学 大学院 医学研究科 脳疾患研究施設 脳神経外科 留学
1996年    同社 スキンケア研究所
1997年    博士(工学)早稲田大学
1998年6月 旭硝子(現 AGC)株式会社 機能性商品開発研究所
2006年5月 ロシュ・ダイアグノスティックス(現在に至る)
2007年    ロンドンビジネススクール エグゼクティブプログラム
2015年    慶應義塾大学 理工学部 生命情報学科 非常勤講師

はじめに

 今回も前回と同様、リモート方式による交流会講演会として開催致しました。
参加者:134名(卒業生115名[講演者、先生を含む]、在校生19名)
本講演会には早稲田応用化学会の橋本副会長にもご参加頂き、ご挨拶を頂きました。

                               左:橋本副会長                                          右:椎名交流委員長

その内容については、本講演会の進行に合わせまして本文の最後のところに掲載させて頂きました。

まず椎名交流委員長による開会宣言、視聴に当たっての依頼事項、及び講演者の略歴紹介が行われた後、講演が始まりました。
なお、本講演会におきまして講演者が作成し、説明のために使用されましたプレゼンテーションファイルが応化会HP内の資料庫に格納されています。こちらのファイルも是非ご覧下さい。

(閲覧には資料庫のパスワードが必要です。)

講演会

ロシュグループについて

ロシュはスイス・バーゼルに本拠を置き、医療に関する早期発見から予防、診断、治療、さらにはQuality of Life(QOL)向上まで、患者と社会のための医療を体現している。

ウィルスについて

細菌や真菌の1/10~1/100ほどの大きさしか持たないウィルスは宿主に感染することで増殖し、COVID-19については、ウィルス膜タンパク上のスパイクが気道の感受性細胞のレセプター(アンジオテンシン変換酵素Ⅱ:ACE2)に結合することで細胞内に侵入することが知られている。このACE2は高血圧発症にも関与するレセプターであり、基礎疾患を有する患者へのリスク検討でも議論の対象となっている。

ウィルス感染から抗体獲得までの流れ

ワクチンの効能効果の基礎的な知識としてマクロファージやナチュラルキラー(NK)細胞による自然免疫と樹状細胞が認識した情報をもとにリンパ球で産生されるB細胞、T細胞による獲得免疫により浸入したウィルスは不活化されるが、mRNAしか有さないCOVID-19は遺伝情報の転写エラーにより変異を生じやすく、スパイクを形成する遺伝情報を持つアミノ酸配列の変異によりスパイクの形状が変化する(アミノ酸の変異個所と変異前後で入れ替わるアミノ酸の種類により変異株は命名されている:452番目のアミノ酸がロイシン(L)からアルギニン(R) に置換された場合L452R、など)。

感染・伝播性の懸念がある変異型ウィルス(VOC)はウィルスの変異株に国名を提示しないルールにより、確認されたイギリス、南アフリカ、ブラジル、インドそれぞれの変異種にα株、β株、γ株、δ株とそれぞれ命名され、感染伝播の懸念は確認されていないが直近で報告された変異株には注目すべき変異株(VOI)としてラムダ株が加えられた。

COVID-19の検査法

検査方法

PCR

抗原検査(定性)

抗原検査(定量)

抗体検査

検体採取

鼻腔・唾液

鼻腔

鼻腔

血液

検出対象

RNA

ウィルスタンパク

ウィルスタンパク

血中タンパク

精度・特徴

精度は高いがPCR走査に時間を要する

迅速で簡便だが精度が低く陰性判定のリスク

定性型抗原検査より精度は高いがPCRに及ばない

特異性低く、WHOも推奨なし

検出場所

検査機関・PCR導入機関であれば採取場所

採取場所

空港検疫など(採取場所)

検査機関

このほかにも新たな検査方法が各種研究機関により進められている。

ワクチンの種類と特長

ワクチンには弱毒化した生ワクチンや細菌毒素を取り出して無毒化したトキソイド、ウィルス遺伝子を除去し無毒化した膜タンパク(外殻部)のみで構成されるウィルス様粒子などもあるが、COVID-19に関しては不活化ワクチン、mRNAワクチン、ウィルスベクターワクチンが実用化されている。

不活化ワクチンは有精鶏卵にウィルスを接種増殖させたのちに回収してエーテルで不活化したものが使われ、mRNAワクチンはスパイクタンパクを標的としてその遺伝情報を持つmRNAをリポソーム内に封入しており、ウィルス遺伝子の本体は使用しないためウィルスによる感染リスクがない。ウィルスベクターワクチンはアデノウィルスの外殻部にCOVID-19ウィルスの遺伝情報の一部を封入することで抗原となるCOVID-19タンパクを創製し抗原抗体反応を惹起する。

世界のワクチン開発状況と接種効果

ファイザーやモデルナが開発したワクチンはmRNAによるもので、アストラゼネカ社やジョンソン・エンド・ジョンソンが開発したワクチンはアデノウィルスベクターを利用したウィルスベクターワクチンになる。

スパイクタンパクの結合部位に対する中和抗体(抗RBD抗体)の産生はファイザーのmRNAワクチン接種後1週間ではベースラインからほぼ変動しないが、3週目に掛けて個人差のバラツキの大きな産生を示し、ここで2回目の接種をすることで4週目以降ほぼ定常状態に達する。モデルナ製のmRNAワクチンは4週目で2回目の接種を実施している。

また、一度COVID-19に感染した患者については既に体内で抗体が作られていることから、ファイザー製のワクチンを1回接種した段階(接種後7日)でほぼ定常状態に近い抗体値が得られていることも明らかになった。

ワクチン接種後の副反応についてもデータが集まりつつある。国内においては定期的に厚生労働省が副反応の発現状況について公開しているが、現時点(2021年6月13日時点)でmRNAに接種による集積データでは重大な懸念は認められないとの評価が下されている。

mRNAワクチンの製造

ロシュはファイザー製ワクチンの生産受注をしているため、ここではファイザー製mRNAワクチン製造に関して説明された。まず、mRNAを作成するために必要なコロナスパイクタンパク産生情報を持つ遺伝子をプラスミドに組み込み、E.coli(大腸菌)へ組み入れる。E.coliは20分ほどで倍増するため、7時間ほど培養を繰り返したのちに、E.coliを後処理しプラスミドを回収、この時点で品質管理を実施してプラスミドから制限酵素を用いてコロナスパイク遺伝子を切り出す。その後切り出したDNAからmRNAへの転写により作製したmRNAを精製、その後リポソームにmRNAを組み込んでワクチン原液となるが、300Lの培養で75万回分接種相当のmRNAが製造できるとのこと。

日本でのワクチン開発状況について

国内でもmRNA、組み換えタンパク、不活化ワクチンなどワクチンの開発が進んでいる。ただし、ワクチン開発費用に関して、米国で開発補助金として国家がサポートする金額は、日本における開発補助金の10倍程度もある。

また、欧米ではリスクベネフィットを考慮してベネフィットがリスクを上回ると判断された場合には積極的治療が実施されるが、日本はゼロリスク志向の国民性ということも、早期承認への障壁の一つになっている。

ワクチンと臨床状況

ワクチン接種による副反応について懸念する声が聞かれるが、糖尿病や高血圧といった基礎疾患がある場合の接種は可能、またワクチンやワクチンの添加剤(ポリエチレングリコールなど)に対するアレルギーやその他食物アレルギーの既往がある場合でも接種は可能とされている。ただし、アレルギーの既往に対しては接種後30分の経過観察が求められている。手術や臓器移植などで免疫抑制剤を使用している場合や免疫不全の既往がある場合も接種は可能だが、免疫抑制剤の影響は注意すべきとの指摘もある。

妊産婦、授乳婦については接種可能で、小児に関しては12歳以上の接種は承認されているが12歳未満の被験者については臨床試験が開始されたところである。

仮にCOVID-19に罹患してしまった場合、国内においては抗ウィルス治療薬が承認されているほかサイトカインストーム抑制などの対症療法として2剤が承認されており、コロナ抗体カクテル治療など国内で承認申請段階にある薬剤が控えている。

ある疫学調査の結果からはCOVID-19に罹患した患者の87.5%に何らかの後遺症が認められたとの報告もあり、感染症症状の寛解後も疲労が抜けない(ウィルス後疲労症候群)や、感染時に誘発された肺や心臓への臓器損傷や呼吸困難など、感染時の症状の持続といったものが複合的に持続した事例が紹介されている。

Global企業に思うこと

特に学生諸君に訴えたいのは、辛いことがあっても頑張って究めていけば色々新しいものを掴むことが出来る、ということです。そのための手段の一つとしてお勧めするのがPh.D.を持つことです。これにより私の場合はロシュの中で幹部となり、幹部でなければ得られない経験が得られたと思っています。またPh.D.を持つことにより世界中の色々な場所でどんな人とも対等に話が出来て、経営にも入っていくことが出来ると思います。これから社会に飛び立っていく皆さんの活躍を楽しみにしております。

私は今年60歳になりますが、ここで立ち止まることなく別の仕事に打ち込んでいこうと思っています。またいつかどこかでお会いしましょう。

FAQ、質疑応答

  • 複数のウィルスへの同時感染:

COVID-19の変異株との同時感染の事例はあるが、科学的な根拠はないとのこと。

  • 飛沫感染に関して、ウィルスを含んだ飛沫のサイズからは数時間にわたり飛沫は浮遊し、地表への落下は遅いと考えられるが感染のリスクは:

より長時間浮遊しているというデータもある。接触感染という観点からの注意は必要ではあるが、種々の環境因子なども考慮すべきで何とも言えない。

  • 海外で1回目と2回目で別のタイプのワクチンを接種することで中和抗体化が高くなったとの報告もあるようだが:

いくつかの地域においてそのような報告があるのは承知している。ただ、収集された情報を検討するに症例数が十分ではなく、それがエビデンスのあるデータとして見るべきかの検討には早計であると言われている。

  • 副反応について、年齢層、性差等は認められているのか:

日本国内における集積データ(疫学調査)が蓄積されてきている。現時点で発現率にそれぞれ差はあるようだが2回目接種における副反応発現は認められている。

質疑応答後、早稲田応用化学会の橋本副会長から閉会のご挨拶を頂きました。

橋本副会長からのご挨拶

 色々興味深いお話を有難う御座いました。
これまで1年半に亘り世界中がこの感染症に振り回されており、何が信頼出来て何がPriorityの高い情報なのか分からない状況下の中、今日のお話を伺って今後色々なことを判断する上での明確な基準が持てたように思います。また、今回のように参加者全員が自分自身に関わる問題としてまさに直面しているテーマを対象として説明を頂いた講演会は前例が無いように思います。皆さんが本日得られた知識等を元に適切な判断をして無事にこの状況を乗り切り、早い機会にこの感染症を抑え込める日が来ることを期待しております。
お忙しい中時間を取ってご講演して頂きました上沼さんに心からお礼申し上げます。有難う御座いました。

――― 以上 ―――

(文責;交流委員会)

第35回交流会講演会の報告

早稲田応用化学会 交流委員会主催 第35回交流会講演会
2021年4月24日(土)15:00~17:00 (Zoomによるリモート開催)

講演者   桜井公美氏  プレモパートナー株式会社 創業者・代表取締役
演題      『デザイン思考で医療機器開発を!』
副題      「テクノロジーPushか、ニーズDrivenか」

講演者 桜井公美氏

講演者略歴

はじめに:
今回は、交流会講演会として初のリモート方式による開催となりました。
参加者:83名(卒業生64名[講演者、先生を含む]、在校生19名)
本講演会には早稲田応用化学会の濱会長、及び講演者の恩師である酒井名誉教授にもご参加頂きました。お二人から頂きましたご挨拶の内容については、本講演会の進行に合わせまして本文の最後のところに掲載させて頂きました。

濱逸夫会長 と 酒井清孝名誉教授

また、本文の後半に記載しましたパネルディスカッションにおきまして、その司会は講演者と同じ酒井研究室出身の吉見靖男先生(芝浦工業大学工学部応用化学科教授、新制40回)にお願いしました。

吉見靖男教授 と 椎名聡交流委員長

まず椎名交流委員長による開会宣言、及び講演者の略歴紹介が行われた後、講演が始まりました。
なお、本講演会におきまして講演者が作成し、説明のために使用されましたプレゼンテーションファイルが応化会HP内の資料庫に格納されています。こちらのファイルも是非ご覧ください。(閲覧には資料庫のパスワードが必要です。)

講演会

医療機器について

医療機器の範疇は広く、非侵襲であるMRIやPETなど診断機器、メスの様な治療上のリスクが小さいものからステントや人工弁の様な体内に植え込むリスクの大きいものまであり、医療現場で使用されるまでの承認プロセスは異なっています。
演者がこれまで携わってきた治療領域や製品は主に循環器内科、心臓血管外科、脳外科などで使用される治療機器で、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の厳しい審査を経て厚生労働大臣の製造販売承認が必要な治療上のリスクの大きなものになります。
世界的には医療機器の市場規模は拡大を続けていますが、日本に関しては世界の市場拡大の伸びに比べると直近の5年で3%と微増、加えて貿易収支でも輸入額の伸びが顕著で日本発の機器輸出額が大きくないのが現状です。
厚生労働大臣の承認が必要な医療機器は医薬品と同様に、開発過程が複雑で医療上のニーズを検討、機器の試作にテストを重ねた後に非臨床試験、臨床試験を経て、この間に品質マネジメントも確認しながら承認に到りますが承認後も品質上の不具合の確認など多くの専門家による検証が必要になってきます。従って、開発期間を経て承認に到るまでのプロセスで5~6年、さらに承認後も成長維持から次世代への転換まで5~10年の長いライフサイクルとなる製品開発には

  • 簡単に後戻りできない
  • ニーズの見極めが重要で多くの医療関係者の協力が必要
  • 医学的根拠に基づき開発する
  • 臨床的意義・臨床的価値がないと判断されると承認が取れない
  • 技術力・製品力が市場浸透に不可欠
  • 開発に薬事(承認に向けた審査やPMDAへ提出する資料の取りまとめなど)、品質マネジメントなど専門的知識が不可欠

と言えます。

ベンチャー企業の活用

米国における大手の医療機器メーカーはこれらの複雑な開発プロセスをすべて自前で推進せず、ベンチャー企業を活用しています。大手ベンチャー企業はいくつもの異業種ベンチャーへ投資し、その成果として製品やライセンス、知的財産を買収することで回収しています。それぞれで以下の様な役割や性質分けがされています。

社会環境が大きく変わりつつある状況で従来型のビジネスモデルに固執することなく革新的な商品やビジネスモデルを実現していくためには自前主義からベンチャー企業への投資や買収、売却により他社技術の積極的活用によるオープンイノベーションの発想が重要になります。

昨今の医療機器のトレンド

体に装着できるウェアラブル医療機器が市場に新しいトレンドを生み出しています。
治療用機器としてはリハビリ用、呼吸器治療用、疼痛管理(ペインマネジメント)や糖尿病治療としてのインスリンポンプなど、診断機器としては胎児、睡眠、神経、バイタルサインなどのモニタリングを行うウェアラブル機器が開発されています。例えばアップルウォッチに搭載出来る心電図や心拍数を計測するアプリケーションも医療機器として認可されています。
また、AIの活用も重要な視点になります。健康維持や病気予防には、診断機器と健康データや生活習慣データ(ビッグデータ)へのAIの活用、治療期においては検査や診断支援としてのAI活用や、論文、集積された個別の症例データへのAIの活用による新薬開発の加速化などがあり、既に胸部CT、脳MRI、消化器内視鏡による病変検出に応用が進んでいます。

日本の医療機器開発事情

米国では、ベンチャー企業に対して、製品の開発段階に応じ、ベンチャーキャピタルからの投資やベンチャーが創生した技術を孵化させる(インキュベーション)など必要な支援が実施される体制が出来ているのに反して、日本においてはベンチャー企業がとても少なく、投資環境も支援体制も十分に整っておらず、米国の様な成熟した分業体制は確立されていません。従って少数のベンチャー企業を確実に育成していくことが不可欠だと考えられます。

バイオデザインとデザイン思考

バイオデザインは、医療現場のニーズを出発点として、医学や工学、ビジネスなど分野横断的な視点から革新的な医療機器の創出を目指す2001年からスタンフォード大学で開始されたプログラムです。医療従事者やエンジニアなど多彩な人材がチームを形成し、医療現場のニーズを探索しながらその解決に向けたアイデアを出し合い、プロトタイプ開発やその検証を行います。事業化の視点を取り入れて医療現場で実際に必要とされる医療機器の開発を実施することから、スタンフォード大学発ベンチャーは60社以上で、今や270万人以上の患者の治療に寄与しています。
このバイオデザインの根幹にあるデザイン思考とは、問題解決に向けた従来の分析思考(カイゼン思考)と異なり、プロセス自体や新しい価値を生み出すことを本質とした課題解決のための設計方法で、目的を設定してそのための攻略方法、戦略を立てていくやりかたではなく、顧客を観察し、ニーズを理解して新たな価値を生み出す思考法になります。

プロセスとしては、

1)注意深く観察し、出来るだけ多くの問題点をピックアップし
2)その問題点を吟味し問題の本質がどこにあるかを見極め、
3)可能な限り多くの解決法を考察し、
4)その中からいくつかのアイデアを抽出して研ぎすます
5)そのアイデアを検証し試作する(プロトタイプの作成)
6)試作品のテストを実施してフィードバックを得てブラッシュアップする

になります。

バイオデザインの取り掛かりとしては、最初の問題点の特定が重要なポイントで、チームは臨床現場に2か月ほど張りつき医療現場を様々な視点から観察したうえで200項目以上のニーズをリストアップします。これを何度も議論をかさねることで解決策を創出していきますが、対象となる患者、ニーズに対してアウトカムをどう評価するかまで明確に定義したうえで個別のニーズについては市場規模や患者や医療従事者へのインパクトなども調査、評価した上でそれらをスコア化(可視化)し最終的に4つほどにふるい分けをしていくことになります。
一般的に、ベンチャー企業は10社中1社しか残らないとされています。しかし、バイオデザインを取り入れて起業したケースでは成功確率が高くなっています(61社中でM&Aまで持っていったのが11社(M&Aまでの中央値が5年ほど)で上市まで進んだのが2社)。

社会貢献の観点からも成功した例として発展途上国の新生児を救う保温器「Embrace」の例があります。
現在、約1500万人の早産児と低体重児が生まれておりそのうち100万人ほどが低体温症のために生後24時間以内に死亡する実態がありますが、体温を保つための保育器は1台当たり2万ドル(200万円)もしていたことから開発途上国では導入が中々進まない問題がありました。そのために安価な(2万円)保育器の製作について検討が行われましたが、実際には安価な保育器を導入しても実際に使用される例が顕著に増大しませんでした。なぜなら、低体温症で死亡する新生児の多くが都市部ではなく医療機関から離れた農村部や郊外に多かったからです。自宅分娩で使用できる装置という観点が重要でした。誰の何を解決したいのかという視点で作られたものが、実際に使われるためには重要である事例であったと思います。
一方で失敗しがちな例として「イノベーションのジレンマ」を紹介します。エンジニアは常に改善を思考していくために持続的なイノベーションの進化が顧客の求めている性能ニーズを超えて行き、この両者の乖離が大きくなってしまう点で、顧客目線での開発を置き去りにしてしまうことによるリスクが増大します。製品開発に必要な視点は人がなぜその製品やサービスを購入して製品をどう使うのかにあり、人間の生活を中心とした考え方が重要です。
私たちを取り巻く環境はAIやビッグデータの活用といった技術革新や、グローバル化にともなう人の流れや高齢化、新興市場の都市化といった人口統計学的属性の変化、技術革新や社会情勢にともなう行動様式の変化など加速度的に進んでいます。課題解決と価値創出のプロセスはより重要なものになると思います。

パネルディスカッション:「未来をつくる人になろう」

司会進行:吉見靖男・芝浦工業大学工学部応用化学科教授
パネラー:西尾博道(M1)、本村彩香(M1)、五十嵐優翔(B4)

※詳細は学生委員会HPに掲載予定の記事を参照ください。

  • 講演を受けて起業に対する意識は

演者からは、「年齢を重ねて考えが変化した。就職当時はバブルで、企業に就職するのが既定路線で、学生だった当時は、起業など想定していなかった。」と。
現役学生からは、「演者の話を聞いて、一般企業の就職を考えているが将来的に環境変化や共同作業する人たちとの出会いのチャンスがあれば多様性が生かせる時代にもなりベンチャーも選択肢になると思う。」とのコメントがありました。

  • デザイン思考について

日本人が得意なところは「戦略思考」だと思う。一つのパイを取りに行く戦略的勝ち抜きのための一定のセオリーに基づいた行動など、日本人は実直に対応していける能力を発揮している様に思います。
「改善思考」については課題解決について検討するプロセスとしてはデザイン思考にも通じる部分があるもののPDCAサイクルを回して現在ある課題を解決してクオリティを高めていく点では、「現在」にフォーカスしたもので、デザイン思考は今ある課題を分析検討してこれからに活かす未来志向の考え方になります。
大学の授業では思考プロセスについて詳細に教えてもらう機会がないかも知れませんが、研究室生活で自分自身が従事している研究の最終的な目的や成果物がどの様に社会で活かされるかを考えながら研究することも大切だと思います。
アントレプレナーシップ教育も大学で取り入れられ始めています。テクノロジープッシュに偏らないように、前向きに起業家精神も身につけてほしいです。

  • 今の普通が将来的な普通ではない

ビジネスの環境は激変しています。現在おこなっている研究開発はそれが結実する頃には既に時代遅れになっているケースもあるので、「未来にこのような状況だったらいいな」といった変化を見据えて将来を考えるのがポイントだと思います。社会環境は自分で変えられるものではないため、起業してから環境変化を意識するようになりました。ベンチャーを立ち上げるとキャッシュフローも自分自身で考えるようになります。中長期的な戦略は短期的なキャッシュフローの影響も受けるため投資のタイミングや成功確率の見極めも考慮する必要があります。これらを解決するには一人の力では出来ないため、チームで動かして行く必要があります。
環境変化の見極めの重要性について、外資系のフィルムメーカーの例を紹介します。その会社はデジタル化の波がくることを予想して他社に先行してデジタルカメラを開発していました。しかし、フィルム市場でマーケットリーダーだったため、自社のコアテクノロジーに固執し、新規技術を封印してしまいました。戦略思考にフォーカスした結果として社会動向についていけなくなったのです。(イノベーションのジレンマの一例)。
大企業がベンチャー企業を買収する際にdue diligenceを実施します。その際には、知的財産がどれくらいあるかという点も重視します。ベンチャーの価値を高めるために、全方向的な視点での考慮と資金援助は不可欠ですが、それをアクセレレートさせるインキュベーターのパワーの必要性を認識しています。自分が今起業してモチベーションが維持できている理由としては、自分の好きなことをやっているという意識と、社会的環境は変えられないがプロセスは変えられるという意識がポジティブに働いているように思います。

質疑応答

Q1 日本の医療機器メーカーが世界上位に入るためには、環境含め様々な課題があると考えますが、その中でも日本企業の強みについて、ご意見頂ければ幸いです。

A1 日本企業もオープンイノベーションに舵を切っているように思います。M&Aや他社で切り離しをされた部門の買収なども進んでいるように思います。新規事業については従来の事業形態からは切り離して考えていく必要があります。品質など日本人の真面目な部分や協調性など日本の強みに成り得る部分かも知れません。

Q2 様々な人や情報に触れることで問題を発見したり、知識・考えを広げていったりすると思うのですが、それらをうまく整理する方法等、ご教示願えませんでしょうか。

A2 他の人の話は積極的に聞こうと考えています。自分自身が知らない分野の話はそれ自体が新しい気付きですし積極的に他の人との交流をするように努めています。「知の深化」と「知の探索」の両方がイノベーションには必要と言われていますが、探索にはコミュニケーションが必須であるので一つのコミュニケーションで一つの学びがあることを意識づけしています。

Q3 アカデミアの方々は論文を数多く出したいと考え、産業は儲けることを第一に考える。アカデミアはコストのことをあまり意識しないが、産業はコストが重要課題になってきますがこの相違をどう解消しますか。

A3 学術で考えることと産業のプロセスは全く違うのでその隙間を埋める必要がありインキュベーターにその役割が課せられているように思います。調整を適切に実施していくにはそれぞれでの経験が双方の立場を理解する上で重要だったと思います。

質疑応答後、恩師である酒井清孝名誉教授からご挨拶を頂きました。

酒井名誉教授からのご挨拶:

酒井清孝先生の挨拶

医療機器の開発において医工連携は重要で米国では医学部のスタッフも工学部など他学部から進んだ方も多いため連携は進みやすいが日本では厳しい面もあったことを踏まえて演者へ熱いエールが送られました。

本講演会の最後に、早稲田応用化学会の濱逸夫会長からご挨拶を頂きました。

濱会長からの閉会のご挨拶:

濱会長の挨拶

本講演について演者、関係者への謝辞とともに自社戦略でもデザイン思考について検討していた経験についてコメントを頂き、また学生向けメッセージとして多くの方とコミュニケーションをとって知見を広めて知識の探索も深めていただきたいとのエールも頂きました。

 

――― 以上 ―――

(文責;交流委員会)

第35回交流会講演会(2021年4月24日)のご案内

講演者;桜井公美氏  プレモパートナー株式会社 創業者・代表取締役
 演題;『デザイン思考で医療機器開発を!』
 副題;「テクノロジーPushか、ニーズDrivenか」

今回は、交流会講演会として初のリモート方式による開催となります。
女性起業家として標記の会社を設立しご活躍されている桜井公美氏をお迎えし、『デザイン思考で医療機器開発を!』というテーマにてご講演をして頂きます。
“デザイン思考”とは、課題発見のための思考法のひとつで、副題の「テクノロジーPushか、ニーズDrivenか」と共に講演の中で詳しい説明があります。

プレモパートナー株式会社について(同社HPからの抜粋)
Premoはラテン語で寄り添うということを意味します。 患者様に必要とされる医療機器を少しでも早くお届けするために、独自の国内外のネットワークを活用し、私たちが持つ医療機器開発の専門スキルでニーズを見つけ、シーズを独り立ち出来るまで育て、出口まで導きます。 プレモパートナーのインキュベーション機能は、製品事業化に必要な全てのサービスを提供出来ます。企業の皆様には「新規事業の創出」を、またスタートアップ企業の皆様には「新製品の導出」を支援します。 プレモパートナーには、医療機器企業での実務経験が長いスタッフ、現在も厚労省や経産省などの行政機関のWGメンバーであるスタッフ、PMDA  注1) に在籍経験のあるスタッフなど、医療現場を熟知し、薬事承認から製造販売、市販後のマーケティングに至るまで幅広い分野に包括的に対応出来る様々な専門家が在籍しています。 医療機器企業で長年マーケティングに携わり、そこで培った他事業部との「HUB」としての経験を、今度はもっと広い医療機器という海原で、新規事業開発の「HUB」として、人の繋がりを大切に、医療のイノベーションに貢献したいと思っています。
注1):Pharmaceuticals and Medical Devices Agency、独立行政法人 医薬品医療機器 総合機構 医薬品や生物由来成分、医療機器の有効性や安全性を監視統括する独立法人

本講演の概要(講演者から寄せられた紹介文より)

日本は世界の医療機器市場で米国に続き2位ですが、その規模は大きく引き離されています。日本で患者さまに医療機器を届けるために「医療イノベーションを社会実装する」「医療機器の事業化を絵に描いた餅で終わらせない」という気持ちをもとに、約2年前、医療機器に特化した「インキュベーター」を起業しました。医療機器開発にはいくつものハードルがあります。今回は、開発に必要なプロセス、米国が強い理由、トレンドを提示するとともに、デザイン思考や未来思考による「視点」や「アプローチ」の重要性についてお話します。

講演者略歴

1991年    早稲田大学 理工学部 応用化学科 卒業(新制41回.酒井研究室)
1993年    早稲田大学 大学院 理工学研究科 応用化学専攻 修了
1993-2005年 慶應義塾大学病院 特別研究員
2005-2007年 ベックマンコールター(株)マーケティング部
2007-2015年 日本メドトロニック コロナリー事業部 マーケティング部
2015-2019年 セントジュードメディカルCV事業部 マーケティング部
           (2018年アボットメディカルジャパンに社名変更)
2019年    プレモパートナー株式会社 創業 代表取締役

その他、株式会社INOPASE取締役、株式会社ジョコネ取締役、東京都委託事業 先端医療機器アクセラレーションプロジェクト カタライザーなど兼任

早稲田大学大学院にて工学修士を取得後、アカデミアで12年間血液凝固の研究。その後、大手外資系医療機器企業で就業。体外診断機器および植込機器のマーケティングに約13年従事。数々の新製品をリーダーとして上市。学術のバックグランドを活かした循環器領域でのプロモーションとKOL 注2)  マネジメントが得意。2019年プレモパートナー株式会社を起業。現在、大企業の新製品上市に関わるコンサルティング、スタートアップの支援他、シリコンバレーなどの海外ベンチャー企業の日本進出のサポートも行っている。

注2):Key Opinion Leader、医薬品・医療機器の導入促進に影響を持つ医師・医療関係者

講演の日時、形式等

開催期日;2021年4月24日(土)
講演形式;遠隔会議用ソフト Zoomを使用したリモート講演
開会挨拶、講師紹介、及び講演;15:00~16:00
パネルディスカッション;16:10~16:40
パネルディスカッションのテーマ;「未来をつくる人になろう」
パネルディスカッションの司会;吉見靖男先生(芝浦工業大学工学部応用化学科教授[新制40回.酒井研])
学生パネリスト;M1 西尾博道、M1 本村彩香、B4 五十嵐優翔
質疑応答、等;16:40~16:50
閉会挨拶;16:50~17:00
その他 ;参加費無料.要事前申し込み.

 

申し込み方法について

応用化学科の学生、及び早稲田応用化学会会員であるOB/OGの皆様は、別途送付されるメルマガからの申し込みをお願いします。
上記以外で、本学の学生、卒業生・修了生、教職員の方は下記のリンク先から申し込みをお願いします。

申し込み先 ⇒  こちらから

折り返し、申し込みメールアドレス宛にZoomの参加方法等が配信されます。
皆様、是非奮ってご参加下さい。
宜しくお願い致します。

第33回交流会講演会の報告

講演日時:2019 年7月6日(土)15:00~16:45
講演会場:57号館2階201教室  引き続き63号館1階ロームスクエアで懇親会を実施
講演者 :宮坂力先生 (桐蔭横浜大学 医用工学部 特任教授)
演題 :『理工の応用化学科から発展した光発電の研究』
副題 : ーペロブスカイト太陽電池の飛躍的研究展開ー

講演者略歴
1976年 理工学部 応用化学科 卒業(新26回、土田研究室)
1981年 東京大学大学院 工学系研究科 合成化学博士課程 修了
1981~2001年 富士写真フイルム(株) 勤務
2001年 桐蔭横浜大学 工学部 大学院工学研究科 教授就任
2017年1月 日本化学会賞 受賞
2017年4月 桐蔭横浜大学 医用工学部 特任教授就任
2017年9月クラリベイト・アナリティクス引用栄誉賞 受賞
2019年3月 応用物理学会業績賞 受賞

【講演会】
<講演までの会場の様子>
宮坂先生は日独化学会のオーケストラのコンサートマスターの経験があり、会場では講演開始までの間、2011年にブレーメンで開催された学会で演奏されたオーケストラの映像を流し、和らいだ雰囲気になっていました。
また、受付には、宮坂先生に持ってきていただいた1976年の応化卒業アルバムを同世代の参加者は懐かしそうにページを送っていました。

<講演に先立ち>
西出会長から、宮坂先生との長いお付き合いについて、研究室時代の写真やエピソード、また、“将来を予測した”ユニークなスピーチで紹介が行われ、椎名交流委員長の司会で講演会が開催されました。
参加者:教員・OB/OG・講演会関係者74名、学生71名、合計145名(参加者ベース)

スピーチ:西出会長

司会:椎名交流委員長

<大学での研究>
・早稲田大学時代
土田研究室で、「高分子錯体を用いた炭酸ガスの還元」のテーマの研究を行いました。
当時の研究室の写真から、当時は研究室(間)の人間関係についても触れられました。

宮坂力特任教授

・東京大学時代
早稲田大学時代に興味を持った光エネルギーに関するテーマ「光電気化学を用いた光合成の人工モデル」について研究を行いました。具体的には、酸化スズ電極にLB(Langmuir-Blodgett)法を使ってクロロフィルを被覆して光応答を増感電流として取り出す研究でした。

<富士フイルムでの研究>
ハロゲン化銀を使った色素増感太陽電池、バイオセンサー、人工網膜、リチウム二次電池などの研究開発を行いました。
人工網膜の研究では、秋葉原で自ら抵抗、オペアンプなどの部品を買い集めて光電変換を検証するユニットを作成しました。
<桐蔭横浜大学/ペクセル・テクノロジーズ>
桐蔭横浜大学では、最初、DSSC(色素増感型太陽電池)の開発を行いました。
最近ではIoTの動きの中で、室内で使うようなデバイス、アプリケーションが登場し、改めて注目されています。
2004年に設立したベンチャー企業:ペクセル・テクノロジーズでは新規太陽電池の開発と計測機器の開発を行ってきています。ペクセル・テクノロジーズ社にCRESTの研究経験者が加わったことがきっかけで、桐蔭横浜大学でペロブスカイト太陽電池の研究がテーマ化し、その後、グローバルネットワークの研究者の開発により、高効率の太陽電池への実現が加速しました。
ペロブスカイト構造は1839年に発見されており、また、光伝導性が1950年代には調べられていましたが、その後半世紀以上も光電変換に応用する研究が無かったのは驚きと考えます。
効率は、今後25%を超えることが予測されており、今後実用化の点ではIoT分野への応用やフレキシブル化が期待されています。また、効率・耐久性の向上や非Pb系材料の開発も行われています。

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質疑:神守学生委員長

 

 

<質疑応答>
講演後、宮坂先生と聴講者の間で、ペロブスカイト太陽電池の実用化、日本の強み、人とのつながりの重要性、新しい分野への関心などについての質疑とレスポンスのやりとりが行われました。

 

【懇親会】
講演会終了後、会場を63号館1階ロームスクエアに移して懇親会が開催されました。
参加者;教員・OB/OG・講演会関係者61名、学生39名、合計100名
安達交流委員の司会のもと、応用化学会橋本副会長の挨拶と乾杯のご発声の後、懇親会が始まりました。
講演会後の懇親会では毎回見かける光景ですが、講師を囲んで、あるいはシニアOB/OG、現役OB/OG、教員および学生が入り混じっての懇談の輪が会場のあちこちに開いて、盛大な懇親会となりました。
今回は、応援部学生に協力をお願いし、懇親会後半に校歌、エールで参加者が声をあわせ、よりいっそう応化会での一体感を感じるものとなりました。

応援部学生による校歌、エール

最後に、関谷交流副委員長の中締めと閉会の挨拶の後、神守学生委員長の一本締めにて解散となりました。

 

*懇親会後、宮坂先生を囲んで、同期会も行われていたとのことでした。

(文責:交流委員会)

――― 以上 ―――